第13話 ラッキースケベと引き換えに

「まあ、これでお互いさまということで、もう喧嘩しないでね? 解毒魔場デトックス・スクェア


「なにするのよ性悪女!」

「貴女の香辛料を返してあげただけですわ」


 目が治った途端に喧嘩をはじめたレーネとラクシャに、


「喧嘩しないでっ、それに2人には聞いてほしい大事な話があるんだ」


 どうにか2人を説得して、すぐじゃなくても帰って貰う流れにしないと。


「いまこの村に、2人も、いや1人だって受け入れる余裕はないんだ。オレはここの領主で、村に責任がある。だから、」

「まあ! 丁度よかったです。わたくし、仙羊パニールのチーズを持参いたしております」


「で、でも少しくらいチーズがあっても、」

「ふふ、ロアンさま。古代種・仙羊パニールのチーズは、腹持ちがよく栄養素も豊富です。この村なら3ヵ月は食べていけますわ」

「ホントにっ!?」

「はい。わたくし、手ぶらで押しかけるほど厚かましくはございません」


 ラクシャが玉扇ぎょくせんで口元を隠しながら、レーネに勝ち誇る。するとレーネも、


「っ!? わたしにだって暗殺者アサシン秘伝の丸薬がある。1粒で1日は戦えて、病毒びょうどく耐性までついてるよ。ロアン、食べてみてっ」


 黒い丸薬をつまみあげ、オレの口へ突きつける。黒い枯葉を、細切れにして固めたモノ。うっ、不味そう、臭いもきついし、正直食べたくない……。


 でも拒んだら、きっとまたスネるんだろうなぁ……。まあ、必死に、


「ほらロアン、あーん」


と迫る顔も可愛いし。ここはひとつ、恥ずかしいけど口を開いて、


「っ!?」


 舌にっ、舌にレーネの指が触れちゃったよっ!? 一瞬の、柔らかく滑る舌触りっ! あまりのことに、思わず丸薬を飲みこんで、


う゛ぅ゛ぅ゛、苦臭にがくさいっ。せっかくのラッキースケベが、レーネの指の感触が……その瞬間を焼きつけるように思いだす……。


「美味しい?」

「そんな枯葉の塊、不味いに決まっています」

「ラクシャには聞いてない」

「小娘がわたくしを呼び捨てにするとは不敬ですよ」


「もうっ! これ以上喧嘩するなら今すぐ帰って貰うよっ」

「……わかりました。ロアンさまがそうおっしゃるなら、こ……レーネさんの無礼は大目にみましょう」

「わたしだって、ラクシャの高飛車な態度を我慢するよ」


 全然休戦する気のない2人に非難の目を向けると、ようやく口を閉じたので……。


 ………………っ!。


 しまった、これじゃ2人を家に連れていくしかないよ。でもいきなり、婚約者と彼女を名乗る女性が2人も増えたら。タトラやミトラ、いや村の人たちになんて思われるか……。


 くぅぅぅぅぅぅっ、なんかもう、逃げだしたい……。湖に揺らぐ満月さえ陽キャに見えて。口には苦臭にがくささが残ったままだし。


 こうなったら。ひたすらにレーネの指の感触を思いだし……、オレは襲いくる現実に男子の本分げんじつとうひを貫いた。悔しいけどオレも男なんだな……。





 重い足取りのまま家に着き、重いキッチンの扉を開けると、


「お帰りなさいロアンさま。誰かとご一緒ですか?」

「お久しぶりですタトラ殿。ロアンさまは、わたくしを出迎えにきてくださいました」


 椅子から立つタトラに、ラクシャが答えた。テーブルには、もう夕食が並んでいる。


「ラクシャさまっ? 出迎え? えっ、ではロアンさまと?」

「はい、ロアンさまに娶って頂きました」

「娶るとは言ってないよねっ? エルトス教会を瓦礫にすればいいだけだよねっ?」


「そうよラクシャ、嘘言わないで」

「!? ロアンさま、そちらのかたは?」


 タトラに尋ねられると、レーネがオレの陰に隠れる。いや、自分で自己紹介してくださいっ。オレが紹介しちゃうと、ぼっち的に負けた気がするんですけどっ。


「…………この子はレーネ、ちょっとした知り合いなんだ」

「ずっと一緒にいようって、ロアンに言われたから」

「ずっととは言ってないよね? ってか、喋れるなら自分で自己紹介してねっ?」


「まあ、そうなんですか」


 タトラがにこやかに、冷ややかな笑顔を浮かべる。あれれ? 今日何度も味わったこの感覚は……。

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