最終章 - 1  1980年

 1  1980年

 



 ジッとしていても、噴き出す汗が止まらない。

 ――どうしてこんな日に!?

 そんなことを思っては、今日という日が決まった時を思い出すのだ。

 翔太と千尋が藤木家を訪れた日に、まさみが満を辞して翔太へ告げた。

 うちに、戻ってきて欲しい。

 藤木浩一と分かったからには、このうちで一緒に暮らしたい。

 そんな希望を、結局、翔太も喜んで受け入れるのだ。

 そうなれば、それではいつからってことになる。

 達郎の四十九日が済んでから?

 逆に四十九日を迎える前、天へと昇ってしまう前の方が、故人もきっと喜ぶはず……などと、当の本人を置いてきぼりにして、達哉と千尋が〝けんけんがくがく〟言い合っていると、翔太が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「ごめん、実は、今のところ、三ヶ月前に言わないと引っ越せないんだ。当然、次のバイトの人だって、探さないといけないだろうし……」

 住み込みが条件であるから、そこを出るとなれば辞めることになる。となれば、どんなに早くても、引っ越しは八月ということだ。

「その頃は暑い盛りでしょうから、秋ぐらいで、どうかなと……」

 そんな翔太の声に、達哉が慌てて告げたのだった。

「暑いったって、引っ越し屋に頼むんだから平気だよ! どうせなら早い方がいいって、仕事先のオーケーが出たらさ、すぐってことでいいじゃん!」

 そんな言葉にまさみも大きく頷いて、そのまま達哉の意見で決まりとなった。

 だから「暑い」くらいで文句など言えないし、さらに言うなら、きっと翔太の方はすでに汗だくに違いない。

 梱包から運び出しまでしてくれる〝おまかせパック〟なんて勿体無いと、引っ越し代はまさみが出すと言っているのに……翔太は頑として譲らなかった。

 結局、最低料金のコースを選び、梱包などの準備は達哉も一緒に頑張った。

 そして今日の運び出しは千尋が手伝い、達哉は自宅でまさみと一緒に受け入れの準備で大忙しだ。

 ――え? そうなの?

 達郎の書斎を翔太に使って貰いたい。最初そう聞いた時、ほんのいっときだったが、ショックを受けたような感情が浮かんだ。

 それでもすぐに、

 ――その方が、親父もきっと喜ぶな……。

 などと、素直に思えるようになっていく。

 そうして引っ越しの日がいよいよ迫ってくると、まさみがさらに言い出したのだ。

「お父さんの書斎にね、ちゃんとしたクローゼットを作りたいって思うんだけど……」

 そしてできることなら、簡単な洗面台も設置したいと言い出して、知り合いの工務店に大至急やって欲しいと依頼した。

 もちろん向こうにだって予定があるのだ。

 それでも必死に頼み込み、引っ越し二日前には工事も終わる。

 それから何だかんだと買い込んだりと、今日も朝っぱらから大忙し。そんなバタバタの甲斐あって、いい感じに準備は整ったのに、当の翔太がなかなか来ない。

 ――なんでこんなに遅いんだ!

 引っ越しの車とは別々に、タクシーをつかまえて行くからと、けっこう前に公衆電話から連絡があった。タクシーならあっという間のはずだから、達哉は玄関を飛び出し、今か今かと待ったのだった。

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