第8章 - 2 新事実

 2 新事実




「ふ〜ん、じゃあさ、実際のところは、まだ犯人かどうかだって、わからないってことでしょ? でもって今、どこに行ったかさえ分からない。つまり、行方不明ってことなんだよね……」

「うん、そう……そうなんだ。でもさ、絶対におかしいって! 杖でなんとか歩けるくらいだって、あいつ言ってたんだぜ。そんな状態でさ、何日も出掛けるなんて絶対おかしいって思わないか!?」

「でもさ、もしかして藤木くんがいない間に、山代って人、救急車で運ばれちゃったとかなら、可能性としてあるんじゃない?」

「部屋の鍵も掛けないでかあ? それに、あれから一週間ずっとだぜ? だから、もしかしたらだけど、誰かにさ、連れ去られちゃったとか、もちろん無理矢理に……なんて、思ったりもするんだ」

「え? 連れ去るって、いったい誰が?」

「どうせあいつ、あんなんじゃ借金、返せてないだろうしさ、相手はまともな相手じゃないんだから……確か保険、かけてあるって言ってたし……」

 そんな達哉の言葉に、

 ――ほ、け、ん、なんだ……。

 千尋が口の動きだけでそう言った。

 達哉はあれから、毎日のように山代のアパートへ出掛けていたが、一週間経っても彼の姿はないままだった。

 だから結局、赤ん坊の行方は分からない。そんな状態で両親に伝えることなどできず、彼は悶々としたままこの一週間を過ごしていたのだ。

 そこは毎度おなじみの居酒屋大山で、久しぶりに三人で会おうと千尋の方から声が掛かった。そうしてやって来てみれば、翔太の姿はどこにもない。

 達哉が腰を下ろした途端、千尋は待ってましたとばかりに質問攻めだ。

「一応ね、翔太さんの方には、三十分遅い時間を言ってあるんだ。だって、翔太さんの前では聞きにくいじゃない? あの男の話だし、さすがにさ……」

 ――あの後どこへ、何をしに行ったのか?

 ――結局、山代の言葉はなんだったのか?

 そんなことが知りたいと、千尋は満面の笑みを達哉へ向けた。

 それから見知ったことをほぼほぼ話し、ちょうど区切りのついた頃、やっと翔太が姿を見せる。

 事故に遭ったばかりって印象はまるでなく、それでも顔をしっかり見れば、頬の辺りがなんとなくだが黒っぽいのだ。

「どうなの? 口の方は……ビールとか平気?」

「お陰様で、アルコールとかは大丈夫だけど、硬いものはね、けっこう痛い、かな……」

「じゃあさ、今夜はお豆腐オンリーってことね!」

「そんな、御無体な!」

 千尋の言葉に、翔太が悲しそうな声を出し、さらに大袈裟な感じで平伏す仕草を見せるのだった。

 それから三人で乾杯し、話題はすぐに達哉の父親のこととなる。

「で、どうなの? お父さんの具合……」

「実はあれから、もう一回発作があったんだけど、その時もなんとか持ち直したんだ。でも、まあね……もうそろそろ厳しいだろうって、感じらしい……」

「そう、なんだ……でね、実はわたしさ、二人にちょっと、話があるんだ」

 神妙な顔付きでそう言った後、千尋が二人を交互に見やった。

 それからビールジョッキを脇に置き、今度は達哉をじっと見つめて話し始める。

「あのさ、昭和三十二年でしょ? それでもって、五月六日、だよね?」

 一瞬、達哉は顔を「ポカン」とさせて、それでもすぐに理解したらしく、

「あ、ああ……そう、そうだって、聞いてるけど……」

 途切れ途切れに、さらにボソッとした感じでそう声にする。

「わたしさ、みんなで温泉に行った時に思ったんだけど、なんだかさ、翔太さんてさ、藤木くんのお父さんに似てるよね? 藤木くんは、そう思わない?」

 いきなりの問いに、達哉は思わず翔太の顔を見てしまうのだ。

 ほぼほぼ同時に、翔太も達哉の方を向いたから、二人はしばし顔を見合わせ、やっぱり同時に噴き出すような笑い声を上げた。

「あのさ、確かに親父も痩せてるし、どちらかといえばのっぽの方だけど、それで似てるって言うんじゃさ、いくらなんでも天野さんが可哀想だぜ!」

 そんな達哉の返答に、千尋はそう思うに至った理由を挙げるのだった。

 卵のカラザが苦手なことや、若い頃から胃が弱いことも一緒だからと告げて、

「でね、二人が気付いてるかどうかは知らないけどさ、藤木くんと翔太さんの声だって、すごくよく似てるんだよ。電話なんかだとさ、本当にどっちだろうって、一瞬思っちゃうくらいだしね……」

 そう続け、再び二人の顔を交互に見つめた。

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