第6章 - 4  箱根旅行

 4  箱根旅行




「お友達って言うから、お母さんてっきり、彼女でも連れてくるのかと思ってたのよ」

「友達は友達だって! 彼女なら、彼女だって言うでしょ!」

「でも、本間さんは、大学が一緒なのよね?」

 ――でもってなんだよ! でもってのは、さ!

 そんな達哉の心の声などお構いなしに、まさみはさらに言葉を続けた。

「いつも仲良くしていただいて、本当にありがとうございます」

「あ、いえいえ……それほどでもないんですけどね……あ、そうだ! いつぞやはお電話で、大変、失礼しました!」

「え? 電話……?」

 千尋の返しに、まさみはほんのいっとき、首をかしげる仕草を見せた。

 それでもふた呼吸くらいで思い出し、さも面白そうに声にする。

「ああ、あんなのぜんぜんですよ、わたしね、息子にずいぶんと鍛えられましたから、あれくらい、なんでもありませんよ……」

 そう言いながら、達哉を覗き込むような動きをしてから、

「で、本間さんと、同じところでバイトしているのが、天野さん、でしたよね」

「あ、そうです……はい」

 助手席から身体を捻り、翔太が神妙な顔して返事を返した。

 当初は、藤木夫婦が運転席と助手席で、三人が後部座席に座り込んだのだ。

 ところがすぐに、どうにも窮屈過ぎると達哉が言い出し、まさみが後部座席で翔太が助手席ってことで落ち着いた。

 そうして車が走り出してから、とにかくまさみのお喋りが止まらない。

 千尋と翔太に向かって話し掛け、答えが返ればまたすぐ違う話題を投げ掛ける。

「そうそう、お母様と一緒に撮られたっていう写真、場所が丘本公園なんですって? 懐かしいわ〜、うちの主人も、昔、あの辺りに勤めていたことがあったんですよ」

 ――え? そうなの? 初耳じゃん……。

「あら、藤木くん、お母様としっかりコミニケーションしちゃってるんじゃない、要らぬ心配して損しちゃったな〜」

「本間さん、そうそう、そうなのよ、もうね、ちょっと前までは、まあいっつも、怖い顔ばっかりしてたのよ。それがね、二年くらい、前かしら……この子いきなり変わっちゃって、それで今ではね、驚くくらいにいろいろ話してくれるのよ」

「なに言ってんだよ、それはそっちが聞いてくるからだろ? 聞かれりゃさ、俺だって一応答えるさ……そんなの、普通じゃんか……」

「そっちこそなに言ってるの? そんな普通のことも、あなたはぜんぜんしてこなかったでしょ? 高校上がった頃までは、いっつもこんな顔ばっかりして!」

 そう言った後、まさみが顔の中心に皺を寄せ、そのまま舌をちょこんと突き出した。

「そんな顔してねえって!」

 すぐにそんなふうに返したが、心ではまったく別の思いを感じていたのだ。

 ――こんなに楽しそうなお袋、初めて見たかも……?

 気恥ずかしい気持ちを意識しながら、それでも彼はそんな事実を心に思った。

 一方達郎の方も同様で、そんな連れ合いの会話を耳にしながら終始笑顔でいるようだった。

 実は、両親と一緒に旅行に行くことになった。

 こんなことは初めてだから、二人にも一緒に来て欲しい。

 そんな達哉の申し出に、千尋は諸手を挙げて万々歳。その上旅費ほか全部タダだと聞いて、ここに行きたい、あそこがいいだのと言い出す始末だ。

 ところが翔太はまったく違った。

「せっかくの親子水いらずっていう機会なんだから……俺たちなんか、絶対一緒じゃない方がいいに決まってる」

 そう言い切って、首を縦に振ろうとなかなかしない。

 だから達哉は告げたのだった。

 高校時代の自分について、その頃あった両親との関係を包み隠さず声にした。

「だからさ、二人がいてくれるだけで、こっちはずいぶん助かるんだよ……」

 ――それにきっと、両親にしたっておんなじだと思う。

 そう言って、達哉は必死に頭を下げた。

 母、まさみだけならそこそこ大丈夫だって気がしないでもない。

 しかし父、達郎については、戻ってからもほとんど話をしていなかった。

 なのにいきなり癌だと知らされ、早ければ数ヶ月……なにがどうあろうとも一年ってことにはならないと言われてしまった。

「きっと今回の外出許可が、まあまあ普通に動ける最後になるかと、思います」

 だから、旅行とかに行くなら今回しかない……と、担当の医師からそう告げられて、その日のうちに〝箱根〟に行こうと決めたのだった。

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