第5章 - 5 危機一髪

 5 危機一髪

 



 目隠しもなければ、猿ぐつわだってされてない。いきなり手首の縄が外されて、倉庫のような場所から車の後部座席に押し込められた。

 長かったような気がしたが、しっかり思えば一晩ちょっとってくらいだろう。

 知らぬ間に寝ていたらしく、腰辺りを蹴られて目が覚めた。驚いて見上げれば、同い年くらいの若い男が半笑いで見下ろしている。それから乱暴に縄を解かれ、部屋にあったトイレに連れて行かれた。

 終始態度は乱暴で、正直なんとも腹が立つ。

 それでもトイレから出るとハンバーガーひとつを放って寄越し、食べ終わるまで部屋の隅っこで待っている。そうして食べ終わった途端。再びおんなじところに座らされ、手首をしっかり固定されてしまった。

 この辺で、命まで取ろうってんじゃないなと思ったが、それにしたって何がどうなっているかが分からない。

 ただ少なくとも、林田がこれに絡んでいるのは間違いなかった。

 でも、どうして……電話ボックスにいきなり……?

 もしかして、ビルの中から見られていたのか?

 そうだったとしても、達哉のことをどうやって知った?

 ――まさか……長野で何かあったのか!?

 翔太の身に何かが起きて、そこから達哉のことが知れたのかも……などと、達哉が必死に考えていると、いきなり扉が乱暴に開いた。

 そこからいよいよ、見知らぬ男が現れるのだ。

 ビシッとスーツを着込み、ちょっと見た感じは普通に会社員かって印象だ。

 しかし腕には金ピカのブレスレッドが揺れていて、両手の指にも金やら銀のゴツい指輪が光っている。

 となれば会社勤めは厳しいだろうし、やっぱり林田商事の連中か? などと思っていると、男はいきなり達哉のそばに歩み寄り、彼を見下ろし声にした。

「どう? ゆっくり眠れたかね?」

 そう言われても、咄嗟に声など出てこない。目を合わすことさえできずに、ただただ男の胸辺りを見上げたままだ。

 そうして怯え切った達哉に向けて、男は驚くことを告げてきた。

「藤木達哉くん、おたくが何を調べてようってのかは知らないが、まあ、あれだよ、いい加減にしておいた方が身の為だ……ってこと、なんだろうなあ〜」

 何を調べようって……。

 いい加減に……。

 身の為だ……。

 そんな言葉が頭の中でぐるぐる回って、身体がグランと揺れた気がした。

「そこんところを、しっかり解ってもらえれば、今日のところは、お帰り頂いても構わないんだがね……」

 ――で、どうする?

 男はいかにもそんな顔をして、達哉の顔を覗き込むような仕草を見せる。

 そこで一気に我に返って、達哉ははっきり声にした。

「はい! 解りました! すみませんでした!」

 思いっきり頭まで下げて、そのままジッと十数秒……。

 すると背中にあった手首の辺りに何かが当たって、急に左右の腕が自由になった。それでも微塵も動かずに、彼は次の言葉を待ったのだ。

 しかしいくら待っても何もない。ギュッとつぶっていた目を開けて、達哉はほんの少しだけ顔を上げてみた。

 ――え?

 するとそこに、あったはずの足がない。

 それでもっと顔を上げると、男はすでに消え去っていて、トイレと反対にある扉が開けっぱなしになっていた。

 ――帰って、いいってことかな……?

 恐る恐る扉の先を覗いてみると、テレビなんかで目にする工場のような空間が見える。

 達哉はゆっくり立ち上がり、その空間に向かって歩き出した。一番奥にはシャッターがあり、そのすぐ横には半開きになった扉が見えた。

 一日座っていたせいか、身体あちこち痛んだが、そんなことに構っている暇はない。

 いつなんどき、気が変わったなんて戻ってくるかも知れないと、彼は痛みを堪えて一気に走り出したのだった。

 うなぎの寝床のような空間を抜けて、半開きの扉を押し開ける。すると太陽光が差し込んで、すでに夕刻近いと知ったのだ。

 そうしてさらに、彼の自由もそこまでだった。

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