第5章 - 3 偶然(3)

 3 偶然(3)

 



 なのに……一気に蘇って来たのは、その背格好が似ていたこともあるだろう。

 最初、目にした時には、登山道に入り込もうとしているところ。ほう、ずいぶんと大きいなあ……なんて感じただけで、そのまま通り過ぎてしまうのだ。

 ところが後部座席から声が掛かって、バックミラーに目をやった途端、

 ――あれ、こんな場面を、どこかで見たぞ?

 フッとそんなことを感じつつ、彼は慌てて車を停めた。

 それから言われた通り車をバックさせ、倒れ込む若い男に目をやった時だ。

 スッと頭に過去の光景が浮かび上がって、そこからずっと一つの疑問が頭の中から消え去らない。

 ――もしかするとあれが、関係してるんじゃないか?

 同じ辺りからいきなり現れ、「林田さん」と叫んだ男にいったい何があったのか?

 あの登山道から三十分ほど行った辺りに、この辺のものしか知らない抜け道がある。

 その先には見晴らしのいい崖があって、地元の若いカップルなんかが夕陽を眺めに訪れるのだ。しかしそんな話もずいぶん昔のことで、その抜け道も今となっては、残っているかどうかだって怪しいものだ……それでも……、

 ――もし、あそこから落ちたんだとしたら……?

 死体が発見された川岸もそこからそう遠くない。

 ――となれば、あいつら……。

 偶然で片付けるには、どうあったって灰色すぎた。


         ✳︎ 


 寒い……そう感じた瞬間、横っ腹に痛みが走った。

 思わず痛みの場所を押さえようとするが、なんと腕そのものが動かない。

 ――え!?

 と思って周りを見れば、まるで知らない場所にいる。

 冷たい床に尻を付け、細い棒のようなものに寄り掛かっているようだ。

 ――これって、どこ……?

 確か電話ボックスから電話を掛けようとして……誰かに、声を掛けられた。

 ――ま……さか!

 いきなり体温が下がった気がして、身体の中を冷気がゾワっと駆け抜けた。

 両手が身体の後ろにあって、なぜだかまるで動かせない。

 そして、見知らぬところで目が覚める。

 となればあの時、

 ――俺は、気を失ったのか!?

 そう思ってからは、ありったけの力で自由を取り戻そうと頑張った。両手首が縄か何かで結ばれていて、更にその縄が背中にあるものにしっかり固定されている。

 どうにも動きが取れないまま……どのくらいの時が過ぎ去ったのか?

 疲れ果て、それでも地べたに横にもなれずに、彼はそこでやっと大声を出した。

「誰か! 助けてくれよ!」

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