第5章 - 2 行方(4)

 2 行方(4)

 



 まるで背泳ぎのスタートのように、天を仰いだまま道路に向かって真っ逆さまだ。

 翔太は咄嗟に上半身を捻り、カラダ全体を丸めて後頭部に両手を当てた。両耳にしっかり腕を押し付け、ギュッと両目を閉じたのだった。

 ドシンと脇腹に衝撃があって、次に右腕に痛みが走った。

 ゴロンと半身だけ転がって、打ち付けたカラダを天へと向ける。

 息が吸えず、吐くこともできない。

 その時不意に、タクシーのことが思い浮かんだ。

 彼は唸り声を上げながら、

 ――まさか、気づかないってこと……ありゃしないよな。

 なんてことを微かに思った。

 そうしてなんとか肘を付き、少しだけ上半身を傾ける。顔を上げ、タクシーの見えた方に目を向けた。するとタクシーはどこにも見えず、翔太は少しホッとして、背中を地面に付けたのだった。

 まだまだ痛みは強烈で、小さく、静かにソッと呼吸をしてみた。

 するとナイフでも突き刺されたような痛みが走って、彼は思わず唸り声を上げる。

 ところがその時、いきなりだった。


 ――寒いのに、山に登ろうなんて物好きが、こんなところにもいるんですねえ〜」

 こんな運転手の声も、イラつきながら「関係ないわ」って正直思った。

 タクシーに乗り込んでからずっと、

 ――長野は寒いでしょう? お嬢さんはどちらから?

 なんてのから始まって、

 ――こんな山奥に、なんの用で?

 ――靴はどんなの履いてきました? まさか、ハイヒールじゃないですよね?

「昨日の雨で地べたはきっと〝ぬかるんでる〟から」などと、ずっと話しっぱなしで聞いていようがいまいが関係なしだ。

 最初はしっかり答えていたが、だんだん返す言葉も面倒になり、千尋はただただ頷くだけになっていた。

 そして、〝山に登ろうなんて物好き〟についても、もちろん即行スルーを決め込んだのだ。

 ところが次の言葉で、彼女はいきなり大声を上げる。

「しかしまあ、ありゃあずいぶんとノッポさんだったなあ〜、あれはきっと、外人さんだよ、お嬢さん……」

 ――え? ノッポで、外人!?

「運転手さん、そのノッポさんって今、どこにいます!?」

 するとたった今、通り過ぎたばかりだと返される。すぐに戻って欲しいと頼み込み、運転手はギアをバックに入れたのだ。

 タクシーの中から後ろを見れば、道路に人が寝転がっている。

 ――どうしたの?

 それが誰だか別として、どうあったって普通の状態である筈なかった。

 そう思う千尋の視界の中で、その姿はみるみる大きくなっていく。そうして覚えのある印象を感じた途端、彼女は大きな声で運転手に告げた。

「止めて! 止めてください!」

 それから十数メートルの距離を必死に走って、声を限りに叫ぶのだ。

「天野さん! どうしたんですか!?」

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