第5章 - 2 行方(2)

 2 行方(2)




「すみません、林田さんは、そちらにいらっしゃいますか?」

 ――社長に何かようか?

「あ、違います、息子さんの方です。わたし以前、施設でお世話になってまして……」

 ――施設?

「はい、林田さん、以前〝多摩学園〟で働いてましたよね……」

 ――ああ、多摩学園か……わかった、ちょっと待ってくれ。

 こんな感じで相手が受話器を置いたら、その隙に電話ボックスから飛び出し、一気に逃げる……なんて、都合のいい想像を繰り返し、いよいよ十円玉を投入口に入れ込もうって時だった。

「すみません、ちょっといいですか?」

 そんな声が耳元で聞こえて、達哉が慌てて振り返った瞬間……。

 すぐ目の前に大きな顔があり、

「あ、金城……」

 彼は思わずそう呟いて、腹にドシンと衝撃を感じた。 


                ✳︎ 


 長野駅から在来線に乗り換えて、さらにジェイアールの駅から、一時間に一本だけってマイクロバスに乗り込んだ。

 客は翔太一人だけ。

 あっという間に家々が消えていき、辺りが一気に寂しくなる。

 それでもバスはゆっくりゆっくり山道を上がって、いきなり「え?」という ところでエンジンを止めた。そうしてバス停の名を告げてから、運転手が翔太の方を振り返るのだ。

「お客さん、本当に、行きなさるかね?」

「ここが、そうなんですよね?」

「う〜ん、そうだねえ……昔は、この先の橋を渡ったところに小さな村落があってね、そこから通っていたワシの同級生なんかもいたんだが、今はもう、誰も住んじゃいないと思うよ」

 ここまでやってきてからそんなことを言われても、今さら行かないって選択などできるはずがなかった。

「とりあえず、行くだけは行ってみます、色々と、ありがとうございました」

「じゃあ、あれだ……このバスの運行は四時のが最終だから、くれぐれも乗り遅れんよう気を付けてください」

 そう言って笑顔を見せる男性に、翔太は深々頭を下げたのだった。

 それからひび割れだらけのアスファルトの道を上っていくと、聞いていた通り左手にゴツゴツしたコンクリート剥き出しの橋がある。彼はダッフルコートのポケットから折り畳んだ地図を出し、かじかんだ指で苦戦しながら開いていった。

 やはり橋の先が目指しているところのようで、地図の上には地名がある以外、番地などはもはや無い。

 結果、そこから歩いて十分で、集落だったらしいところに行き着いたのだ。

 しかしそこは見事に荒れ果てている。

 なだらかな斜面に十軒ぐらいの家々――だったろう廃屋――が点在していて、どれもこれもが住まいとしての機能をほぼほぼ失っていた。

 建物は傾き、屋根瓦が剥がれ落ちてしまっているせいで、屋根のあっちこっちに穴がある。そんなだから当然、窓から覗いてみても家の中は荒れ放題だ。

翔太はそれでも一軒一軒見てまわり、最後の一軒で驚くものを発見する。

 それは、何十年、もしかすると百年くらいの長きに亘り、ずっとこの場所にあったのだろう。

 それゆえに、彫られた文字は掠れに掠れ、そっくり返ってひび割れている。それでも柱にしっかりへばり付き、ここに住んでいた者たちの名を伝え続けてきた筈だ。

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