第4章 - 4 修正

 4 修正

 



 電話で、ただ辞めるとだけ……告げればいい。

 これが絶対ベストだと、達哉と千尋が翔太に向けて告げたのだ。

 しかしどうにも納得しない。

 今後どうなる筈だったかは別として、これまで世話になった事実を無視できないと、翔太はその為だけに店に出た。そして……、

 ――わがまま言って申し訳ないが、事情があって店を辞めたい。

 そんな感じを一生懸命声にして、これ以上ないくらいに山代の前で頭を下げた。

 すると意外な程にあっさりと、山代はその申し出を受け入れる。

「今日からか、そりゃあえらく急だな、まあよ、元々さ、こんな店、二人もいらねえんだよな。余計なメニューを考え直せば、充分、俺一人でもやっていけるさ」

 などと言い、さらに翔太の今後についても聞いてきた。

 達哉と打ち合わせた通りに返事をすると、

「そうか……学校に通うのか、そりゃあいい、いい考えだ……」

 妙にしんみりした感じで翔太を見つめ、

「お前さんはさ、頭いいから、大学だって夢じゃねえって」

 そう言った後、「頑張んな……陰ながら、応援してっから」と声にして、さっさとカウンターの中に入ってしまった。

 文句の一つや二つは覚悟していた。

 ――ばかやろう! 急になに言ってんだ! 

 くらいのことは言われるだろうと、普段の山代からしてそう決めつけていた。

 ところが予想とあまりに違って、翔太の中でいきなり何かが変化する。

 熱い感情が込み上げて、気付けば声になっていた。

「あの、わたしの母親は、天野由美子って言うんです。そして以前は、飯田姓を名乗ってました。飯田由美子、元、看護婦です」

 一瞬、何を言っている? そんな顔を見せつつ、彼は天井の方へ目を向けた。それからゆっくり腕を組み、ふた呼吸ほどした時だった。

「由美子……飯田由美子か!?」

 上を向いたままそう言って、妙にゆっくり翔太の方へその顔を向けた。

「はい、飯田由美子と名乗っていました……あることが、起きるまでは……」

「じゃあ、まさか、あの時の……?」

「あの時? ですか?」

「いや、なんでもない。なんでもないんだ」

 山代はそう言った後、唐突に背中を向ける。それから右手を高々上げて、ヒラヒラと大きく二、三度振った。

 そんな姿に、彼は「あの……」とだけ声にして、思わず足を一歩踏み出したのだ。

 すると突然、

「もう帰ってくれ! お前さんに話すことは何もない!」

 不機嫌そうにそう言って、上げていた腕を今度は扉へ向けたのだった。

 指先はしっかり出口を指している。

「帰れ」と告げているのは明らかで、

 ――ありがとう……ございました。

 心の中でそう告げて、翔太は「DEZOLVE」を後にする。

 店の階段を上がり切ると、大通りの向こうで達哉が手を振っていた。

 彼も慌てて手を振りかえし、それから一度、階段下に目を向ける。そうしてやっと吹っ切れたような顔になり、彼は足を前へと踏み出した。

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