第4章 - 3 バイク事故(3)

 3 バイク事故(3)

 



 そうして彼が目を覚ますのは、達哉が駆け付けてから一時間近くが経った頃。

 目を覚まし、覗き込む二人の顔を交互に見つめ、彼はいきなり声にした。

「三人で会うってのは、このこと、だったのか?」

 それから病室を出たいと言う翔太を支えて、一階にある待合室までなんとか行った。

 長椅子に三人並んで腰掛け、真ん中に座った翔太がいきなり口火を切ったのだった。

「もしかして、三人で会うことなるってのは、この事故のことだったのか? バイク事故のことも、知ってたって、いうことなの?」

「はい、実は、知ってました。でも、僕の知っている限り、大した事故じゃなかったので、すみません、言わなくて……」

「じゃあ、この後に、こんなもんじゃない、大変なことってのが、俺の身に起きるって、言うんだよな?」

「はい、それもこの後すぐに、です」

「ちょっと、ちょっと待ってくれって、この後すぐって? それっていつだよ」

「多分、もう一時間もないと思います。だから、これから僕の言うことを、ちゃんと聞いてください」

 そう言って、達哉はずっと頭にあった言葉を翔太へ告げた。

「すべてはこの一時間に懸かっています。借金を抱えて、挙げ句の果てに、殺人犯という汚名を着せられてしまう。それを防ぐには、ここからが本当の……勝負なんです」


「なんだ、意外と元気そうじゃないか?」

「そうでもないですよ、けっこう全身打ちつけましたから……擦り傷と打撲で、これがなかなかの痛みなんですって……」

「それでも、命があって、それだけ喋れれば上等だろうよ」

「まあ、そう言われれば、そうなんですけどね……で、ちょうど今、お店の方に電話しようと思ってたんですよ。でも、どうしてここだって分かったんですか? 事故のこと、誰かに聞きました?」

 そう尋ねると、バーに来たことのある客が現場に居合せ、わざわざ店に電話を入れてくれたんだと彼は言う。

「若い女性だったから、お前さんのファンなんじゃないか?」

 店の電話に留守電が残されていて、山代は「臨時休業」という紙を扉に貼り付け、慌てて病院までやってきた。

「でも、どうしてここってわかったんですか?」

「そりゃあ翔太、あの大通り辺りで事故ったってなりゃよ、だいたいはここか玉堤の方だろうって」

 病室のあちこちに目を向けながら、山代はいかにも得意げにそう声にする。

「とにかく、大したことがなくてよかったな……二、三日で、退院できるんだって?」

「はい、すみません。退院したら、すぐ店に出勤しますから」

「ばか、いいんだよ。ゆっくり休んでからでいいって……」

 山代はそう言ってから、して欲しいことはあるかと翔太に尋ねた。

「いえ、特には何も……」

「なにか、持ってくるもんとかないのか? よく分からんが、保険証とか、下着とか」

「その辺は、友人が全部やってくれてますから、大丈夫です……ご心配、ありがとうございます」

「そうか、ならまあ、ゆっくり休んでくれや……」

 山代勇はそう言って、驚くくらい簡単に、翔太に背中を向けたのだった。 

「あ、山代さん、ちょっと聞いていいですか?」

 その時すでに、彼は出口に向かって歩き出していた。それでも翔太の声に立ち止まり、背を向けたまま右耳だけに手のひらを寄せる。

 ――なに?

 その姿はまさしくそう告げていて、翔太はそのまま彼に向かって声にした。

「山代さんって、血液型はなんですか?」

 ところがだった。

 彼は振り返ろうともせずに、そのまま数秒ジッとしたまま動かない。それどころか、耳に当てていた右手をヒラヒラ振って、彼はさっさと歩き出してしまった。

「山代さん! 教えてくださいよ!」

 そう声にしてみるが、山代はさっさと扉の向こうに消え去ってしまう。

 そんな山代を、呆然と見送っていた翔太に向けて、いきなり声が掛かるのだ。

「なに? 天野さん、あの人の血液型知りたいの?」

 見れば病室にいた看護婦さんで、患者に体温計を渡しながらの声だった。

「え? 知ってるんですか?」

「知ってるわよ。あ、ちょっと、待っててね」

 妙に嬉しそうな顔をして、再び目の前の患者に向き直る。

 そうしてすぐに、「ピッピッピ」という電子音が微かに聞こえ、彼女は体温計を片手に彼のそばまでやって来た。

「一応、測っとく?」

「え? あ、はい……」

「冗談よ〜 面白い人ね〜」

 なんてやりとりの後、彼女はいきなり真剣な顔になり、翔太の耳元そばで声にした。

「あのね、本当はこういうの、教えちゃダメなんだけどさ……」

 一年ほど前、本人からの連絡で、救急車によってこの病院に運ばれた。

「病名は言えないけど、もうね、ホント、大したことないはずなのにさ、もう痛い痛いって大騒ぎよ。態度も最低だし、挙げ句の果てに、ちょっと良くなったら、今度は病室でお酒飲み出しちゃってね、それも酔っ払って大騒ぎするんだから」

 それからもなんだかんだとあって、彼は勝手に出ていってしまった。

「でね、印象最悪の奴だってわけよ……だから、教えてあげる。くれぐれも、ここだけの話でお願いね」

 そう言ってから、彼女は両手で大きい丸を作って見せた。

 それはどう解釈しようと〝O型〟なんだということで、やはりここでも、達哉の話した通りになったのだった。

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