第4章 - 3 バイク事故

 3 バイク事故

 



 人生で、確か二度目のことだった。それでも前のは小学生だったし、同じ〝モテる〟ってことでも重みがぜんぜん違うのだ。

「藤木くん、またレポート、A評価だったでしょう?」

 なんて声に振り返ってみれば、ちょっと派手目な同級生が立っている。

「すごいな〜わたしなんて、またC評価だよ〜」

 だから一緒にご飯でも行かない? そんな意味不明って感じの誘いを受けて、以前の彼なら一も二もなく諸手をあげて大喜びだ。

 もちろん今も、嬉しいって気持ちがないわけじゃない。

 相手はクラスで一、二を争う美人だし、モデルなんかもやっていて、たまに雑誌なんかに載っちゃうようなスタイル抜群の女子大生なのだ。

 しかし女の本心は分からない。

 ワンレン栗色ヘアーのチョー美人に、真面目だけが取り柄だのとこき下ろされたのだってつい最近だ。ただとにかく……、

 ――これはぜんぶ、あいつのやってくれたお陰なんだ。

 だから安易に喜んじゃいけないと、彼は嘘八百並べてそんな誘いを断った。

 天野翔太になる前の彼は、勉強なんてしたことがなかった。

 成績はもちろん下の方――と言いつつも、学校のレベルのお陰で実際は〝中の下〟ってところ――で、本来一流大学なんて夢のまた夢だった。

 それがいきなり上慶大の学生だ。幸い、高校の授業とはぜんぜん違うし、毎日しっかり授業を聞けば、日に日に内容が理解できるようになっていく。

 ――俺ってけっこう、頭いいのかも……?

 なんて思う気持ちもあるにはあったが、まるで下地がなければまったく違った結果になっていたかもしれない。

 かと言って、大学の授業どころか、受験勉強したって記憶もないままだ。

 それでも達哉の脳にはきっと何かが残っていたのだろう。詰め込んだ知識は記憶と一緒に消え去ったとしても、達哉の脳みそには必ずや、知識の残り香――というか、知識を包み込んでいた空き箱のようなもの――が、しっかり存在していたに違いない。

 そんなもののお陰で、初めは多少〝まごついた〟ものの、今ではしっかり優等生の部類に入り込んでいる。

 そして彼には、友人らしい友人がいなかった。

 高二の頃までの悪友たちから連絡ないし、大学でも、たまに話しかけてくる女子大生がいるにはいたが、男子学生からはまるでなし。

 だからと言って、避けられてるって感じでもない。すでに親しいグループが出来上がっていて、達哉がアクションを起こさない限りこんな状況は続くだろう。

 間違いなく、彼はこんな状態を意図したのだ。

 サークルにも入らず、親しい友人も作らない。

 それは果たして、戻ってくるかも知れない達哉のためか? 

 実際のところは分かりようもないが、彼の作ってくれたこの環境を、達哉もしっかり受け継いでいこうと思うのだ。

 ――明日死んでも悔いないように、まずは一生懸命生きるんだ!

 友人らと遊んだりするよりも、まずは自分のやるべきことに邁進する。そんなことを心に念じ、彼は生きて行こうと決めたのだった。

 そうして達哉に戻って最初の冬、それは十一月も終わろうかという夜だった。

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