第2章 - 1 四十一年前(3)

 1 四十一年前(3)

 



 ――1979年5月21日。

 事故に遭ったのは七十七年、五月の二十日。

と、いうことは、事故にあった日の二年後、その翌日に戻ってきたってことになる。

 ――俺が死んだのは、六月の最後の日、だった……。

 とにかくほぼほぼ二年間、達哉はここにいなかった。そしてその間、達哉として暮らしていたのは……?

 ――まさか、入れ替わり!?

 などと思って、天野翔太の顔が思い浮かんだ瞬間だ。

「ガチャン!」と、何かが割れる音が響いた。

 それからすぐに、「ドタン! バタン!」と続いて、彼は音のした方へ慌てて走った。

 そこはリビングから出てすぐのところ、二階から続く階段下で、なんとまゆみが床に倒れ込んでいる。

 辺りには割れた陶器が散らばって、彼は思わず声にしたのだ。

「どうしたんだよ!」

 それからまゆみのそばに駆け寄って、抱き起こそうと彼女の背中に手を差し入れた。

 するとまゆみは慌てたように、

「ごめん! お母さん、またやっちゃったわ!」

 そう言ってから、痛そうな顔をしながら一生懸命立ち上がろうとする。

 その時まゆみの顔が、達哉の顔のすぐそばに……。

 その時不意に、あれ? と思った。

 そんな気付きを知ってか知らずか、まゆみが明るく達哉を見つめて告げるのだった。

「達ちゃん、これは違うからね、右目のこととか関係ないの。歳なのかな〜、最近よくやっちゃうのよ」

 そう言って、彼女は食器の欠片を掴み上げ、

「ここ、片付けちゃうから、二階に上がるのは、ちょっと待ってね」

 そんな言葉を残して台所へと消えた。 

 あと二、三段というところで、思わず階段を踏み外してしまった。

 割れたどんぶりは達哉が食べた夜食のうどんで、ここのところ、毎日のように夜遅くまで勉強しているからと言い、

「寝不足が一番ダメなんだから、勉強もほどほどにしてちょうだいね」

 そんなことを口にして、彼女は病院に出掛けて行った。

 そしてまゆみは玄関口で、なぜかサングラスを掛けていた。

 彼はその時、勇気を出して心にあった疑問を口にする。

「病院って、どこだったっけ?」

「え? いつもいいって言うのに、一緒に付いて来てくれるじゃない、達ちゃん……おかしなこと言わないでよ」

「ああ、目黒中央病院?」

「そうよ、そこの眼科……じゃあね、行ってきます」

 終始笑顔だったが、きっと不審に思った筈だ。

――俺が、いつも一緒に?

 以前の自分だったらそんなことする筈ないし、そもそも眼科なんかに通ってなかった。

 だから一番近い総合病院の名を口にして、たまたま運よくそこだった。

 そして眼科に通っていると、まさみははっきり口にした。

 ――まさか……あの時……?

 握りつぶした塊を、彼は腹立ち紛れに投げ付けた。

 ――確かに、随分痛がっていたけど……

 煙草ぐらいで、あんなことになるのか? 

 あんなこと……。

 さっき、まゆみの顔がすぐそばに来て、そこで初めて気が付いたのだ。

 右目と左目が、それぞれ違うところに向いていた……と、いうよりは、右目はきっと動いちゃいない。

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