第五一話 鑑定屋
索田はノートパソコンを立ち上げ、文書ファイルを開く。
昔
しかし、索田の気は変わった。里佳を手元に置けたことで、
索田が文章の肉付けをしていると、席へ一人の男が近づいてきた。二十代中盤か後半くらいの、やたらチャラチャラした男だ。
「やあ、
索田は作った笑顔を貼り付け、正面に座るよう促す。甲府と呼ばれた男は言われた通り腰かけると、軽薄そうな声で口をきいた。
「まいどー、お客サマ。今日はなんスか?」
索田は人差し指を顔の前で立てると、マスクを外して紅茶のカップを持ち上げる。
「ひとまず注文を終えてからにしよう」
「あ、そっすね」
言ったそばから店員がやってきた。最初に水を持ってきた女性店員だ。
甲府がブレックファスト付きのカフェオレを注文しているあいだ、店員の視線は何度も索田と、手元で注文内容を入力するハンディとを往復していた。急ぎ足で厨房とを仕切るカウンターへ戻っていき、同僚に何やら話している。
カフェオレと朝食が届いたところで、甲府は
「朝っぱらからなんて、珍しっすね」
「そうかい?」
索田は微笑みながら、甲府がストローの包装を破くのを見ている。索田は甲府を信頼していた。金さえ積めば、どんなこともやってくれるからだ。
「で、今日なんだけど」
索田は
「彼女の価値が知りたくてね」
甲府はパンをかじりながら、差し出された白髪の女性の写真を見る。そして写真に映る
「あー、指名手配されてる子っすね」
「そう。競売にかけると、いくらになるかな」
「闇市のっすか?」
甲府はそう聞いたが、索田がそれ以外の方法を利用するのは考えられなかった。カフェオレを流し込み、索田に写真を返す。
「目は
だろうね、と索田は頷く。
「力のほうで売り出すんだったら……」
甲府は言葉を切って、ミリタリージャケットのポケットからペンを取り出す。紙ナプキンを一枚取ってそこへ数字を書き、索田のほうへ滑らせた。
「最低でもこれくらいっす」
索田は紙の数字を眺めると、満足そうに微笑んだ。そして甲府に分厚い封筒を渡す。
「ありがとう。助かったよ」
中の金額には色が付けられていた。口止め料だ。
「どういたしまして、お客サマ」
索田は甲府が男でよかったと思った。女だったら
索田は店を出ると、甲府と別れた。甲府がどこに住んでいるのかは知らない。甲府というのが本名なのかも分からない。ただ電話番号を知っているだけだ。
索田が地下駐車場へ下りるためエレベーターまで向かう途中、着信があった。索田は息を吐くと、しぶしぶ電話に出る。
「ドブラエ ウートラ、ブラット」
わざわざ分かりづらく挨拶すると、電話の向こうからは怒鳴り声が聞こえてきた。
「喫茶店でモーニングを楽しんでいたんだよ。……はいはい、分かった。帰るよ」
索田はスマートフォンを耳から離して言う。
「たぶんね」
そう言うと、索田はくすくす笑いながら電話を切った。電話口から聞こえる騒がしい怒号はそこで途絶えた。
索田はしばらく何か考えていたが、別の電話番号を表示すると、自分から電話をかける。
「4311 2545 4411」
相手が電話に出ると、索田は何らかの番号を告げた。長らく待っていると取り次がれ、話し相手が変わる。
「やあ。取引の日取りを今晩九時に変えられないかな。入金は以前の期日で構わないから」
索田は口の端を上げた。
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