第三五話 急襲

 里佳は誰もいない今日を探索の日にすると決めた。ドアノブはすでに回して歩いたあとだ。今日和登の部屋だと分かったところは、回しそうになって一応やめた。


 本などどうせ一瞬で読み終えてしまうからまず先に、と外へ繰り出しているが、もう夕方なのでそろそろ帰らねば和登に叱られる可能性がある。


 玄関から回れば済む話なのだが、里佳は裏口の戸を開けてみたくてしかたがなかった。和登が今朝外側から閉めていかなかったため、里佳の興味アンテナは相当に高まってしまったのだ。そして先ほどそれを実行した。


 恐る恐る裏口の戸を開けて一歩出ると、まばらな形の飛び石がくねくねと列をなしており、それに沿って砂利が敷いてあった。住宅街の片側一車線分くらいの広さだったろうか。それ以外はすべて芝生だ。飛び石は手前で二股に分かれ、奥へ進んでいくものたちと、右に直角に曲がっていくものたちがあった。右側が前日見た庭園につながっていることはすでに確認済みだ。

 ほぼ正面に向かっている飛び石の先には、L字に曲がった純和風家屋の一部が見えた。Lの内側がすべて縁側になっている立派な建造物だ。飛び石はそこでまた二方向に分かれていた。純和風家屋に到着するものと、そのまま右にそれてどこかへ行ってしまうもの(里佳はこれからそこへ進む予定だ)。


 不思議なのは、洋館から飛び石続きで純和風家屋につながっているのに、違和感がまるでないことだ。気づかぬ間に周囲が和風の装いになっていた。

 向こうには池や鹿威ししおどしまであるのに、途中でくっきり切り替わっているわけではない。じわじわと、ごく自然になるように、洋風から和風に変貌を遂げている。里佳はテラスのある完全に洋風な庭園より、和洋折衷せっちゅうのこちらのほうが好きだと感じた。



 さて、里佳は今、裏口からの目視では見ることができなかった地点まで進んできている。飛び石はもう終わってしまって、代わりに草原を刈ってつくられた小道が現れたところだ。もうすでに索田の屋敷の一部などではない。アルプスの少女ハイジを彷彿とさせる広大な山に、昔の人が手を加えて道をつくったかのような「ただの道」だった。


「あーあ、飛び石がいくつあるか数えるべきだったかも」

 里佳はなんとなく「数」が気になる。コーヒー豆の瓶には豆がいくつ入っているのかとか、索田の屋敷の廊下にある絵画はいくつあるのかとか、円柱型の容器に入って売られているガムは何個入りなのかとか、どうでもいいことだが、つい気になってしまうのだ。

 結局のところ里佳はまだ屋敷の絵画の数しか分からないままだが、いつか気になるものはすべて数えるつもりでいるようだ。


 今回は戻って数えるほどのことでもないと判断し、小道を進んでいく。するとまたしても二股に分かれることになった。

「両方とも攻略するような時間はないよね……どっちにしようかな」

 里佳は考えに考えた挙げ句、石を地面に落として地面で跳ねたほうに進むと決めた。そうと決まれば、手頃な石を探す。そして今回の儀式に使う石を決定すると、次に自分の頭の高さから落とした。

「あ、右だ!」

 左が名残なごり惜しかった気もするが、決めたことは守ろうと自分に喝を入れ、里佳は右へ進んでいった。


 どんどん歩を進めると、徐々に下り坂になってきた。もしかしたら最初からじわじわと下っていて、今たまたま急勾配こうばいになっただけなのかもしれないが、里佳はいよいよ遠いところまで来てしまったという気持ちになった。


 するとその時、里佳は前方から音が聞こえてくるのに気づいた。最近何度か聞いたような気がするが、車か何かだと無意識に片づけていた音と一緒だ。索田はいないはずなのに。

 少しずつ、少しずつだが、里佳へ向かってやって来ている。いったい里佳の前に何が現れるのだろうか。

「ううっ」

 里佳はふいに頭痛を感じ、顔をしかめた。里佳は頭痛の頻度が高くなってきているのに気づいていた。そんなことをしているうちにも、音が徐々に距離を詰めてくる。


 もうかなり音が騒がしいと感じはじめたとき、里佳は隠れることを決心した。茂みしかないが、横になるなりして隠れられるだろう。里佳はそう思い、勢いをつけて草むらにダイブした。


「いったぁ~~」


 当たり前のことだが、よほど草が生い茂っていない限り、地面に向かって体を投げ出せば痛いに決まっている。

 それに草花のなかには茎が太いものだってたくさんある。里佳はそれが薔薇の茂みだったらどうするつもりだったのだろうか。



「里佳さん」

 里佳が膝を曲げて倒れたまま顎をさすっていると、草むらの向こうから声がした。


 この声は。



「わ、和登君?」


「何してんですか」

 和登がいかにも不審そうに里佳を覗き込んでいる。ワイシャツの上からウインドブレーカーを羽織っていた。近くには音を出す無機物がある。


「そ……それは?」

 里佳が無機物を指さして尋ねた。よく見ると和登は、腕にツバ付き帽子のような形状の黒いヘルメットまで抱えている。


「俺の二輪ですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る