公子、絆を得る

 その後、俺たちはベルクマン領に帰ることにした。王都の学園では、終業式が終わって、夏休みに入っていた。


 パメラと伯爵婦人に別れを告げる。


 サティ伯爵とフレデリクは、彼らのでっち上げた魔物の被害で亡くなったことにされた。その魔物を討伐したパメラが伯爵位を継ぎ、彼女が学生の間は、母親が後見する。

 これから王都での手続きや領地の立て直しで、伯爵家はまだまだ大変だ。だが、今後、彼らが頼るのはルヴィエ家だ。俺の役目は終わった。


「ありがとう、セリム。これだけ助けてもらって、公式には何もお礼ができないなんて……」

「いいよ。今は、お礼とかより、伯爵家を維持することに集中して」


 この先、魔物の大量発生やら、悪魔の出現やらで、王国中が大荒れするから。サティ家が安定してくれるのが一番大事だ。


「あの……、これ、今回の事件の真実を書いた手紙。言っちゃえば、うちの弱みね。これがある限り、サティ家は、子孫の代まで、何かあればベルクマン家に協力する」


 手紙には、伯爵の魔人化という、サティ家にとって致命的なことが、はっきりと書かれていた。これだけの脅迫材料を俺に渡すことで、パメラは誠意を見せようとしている。


「受け取っておくけど、使う気はない」


 俺が言うと、彼女は微笑んで、


「非公式ですが、セリム公子のご厚情に感謝します。ありがとうございました」


 最後だけ言葉遣いを整えると、俺に向かって深く頭を下げた。




 ベルクマン領に戻る途中、休憩で馬から降りたときに、パメラからもらった書簡を燃やした。


「公子は、あまり貴族らしくないですね」


 横で見ていたヴァレリーが呟く。


「悪いな。ベルクマン家の利益が最大になるように、考えるべきなんだが」


 滅びの未来を知った俺は、人類の生存を一番に考えるようになった。家の発展を最優先する貴族の思考は、もうできないと思う。俺の家臣になるベルクマン家の者たちにとって、俺は良い当主にはなれないだろう。

 将来、5歳下の弟がベルクマン家の跡取りになりたがったら、譲ってやろうと思う。


「ここ半年の公子の活動を目にして、覚悟を決めました。私の主人はセリム様だけです。私は、家ではなく、公子個人にお仕えします。貴方がどのような道を選んでも、ついていけるように」


 俺に向かって、ヴァレリーが宣言した。

 彼は、<システム>に従って2周目を送る俺が、貴族の思考をしていないと、近くで見ていて察してしまったのだろう。このズレは、いずれ大きな問題をもたらす危険がある。

 覚悟か。

 ヴァレリーの俺を見る目は、前世とだいぶん違うものになっていた。


 少し前まで、悪魔が手に負えなければ、逃げ出そうと思っていたんだけどなぁ。

 こうやって今世を生きるにつれて、前世で大罪を犯して<システム>を背負ったことに、重みを感じるようになっていくのだった。


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