公子、神輿の上でこける
1学期が始まった。
今日は剣術の授業だ。
身体強化魔法を使わず、剣の腕だけで競わせる。生徒たちは専用の付与魔法のついた防具を着て、刃を潰した剣で叩かれる程度では、怪我しないようになっていた。
授業では、まず、2人の生徒に試合をさせ、皆で見る。講師はそれにアドバイスをしながら、使える技や戦術を、実演で教えていく。
「今日の授業、はじめに試合をしたい人はいますか?」
「では、ベルクマン公子と手合わせしてみたく思います」
講師の問いに、即座に応えて前に出たのは、サルミエント侯爵家のマルクだった。
「受けよう」
俺も前に出る。剣術の練習はしておきたい。俺は魔法に頼りすぎだと言われていたから。俺に敵意むき出しのマルクなら、逆に良い
「では、はじめ!」
マルクと向き合い、練習用の剣で打ち合った。組んでみた感じ、俺とマルクに、技量差はほぼなかった。そうすると、俺が不利だ。体重が10キロ以上違うから。マルクはビア樽みたいな体型なのだ。身体強化魔法を使わないと、マルクの一撃に重さを感じた。
しばらく剣を打ち合っていたが、体重を乗せたマルクの一撃を受けて、俺はバランスを崩した。
「そこまで」
マルクの勝利だった。
「おや、公爵家の長子様に勝ってしまいました」
マルクがわざと馬鹿にしたように言うと、彼の取り巻きからクスクスと笑い声が聞こえた。
魔法も使わないただの手合わせで、何を言っているんだ? と思ったが、これは俺の感覚の方がズレていた。俺の側近連中の顔は、悔しさで歪んでいた。
授業後、取り巻きたちは反省会をしだした。
学園の特別棟の最上階には、サロンと呼ばれる豪華な部屋がある。ベルクマン家専用の部屋も、用意されていた。
そこに、皆が集まって、難しい顔を突き合わせた。
「公子、次に勝負を申し込まれたときは、代役で俺を出してください!」
剣術に自信のあるギルベルトが、懇願するように俺に言った。
勝ち負けは貴族の名誉に関わる。しかし、誰にだって、得手不得手はある。不得手なものは、それが得意な配下を代わりに出すことが許されていた。
「そうだな。次はそうしよう」
別に、負けても練習になればいいし、自分より強い相手と戦う方が勉強になると思うんだが。それでは駄目らしい。
まあ、ここは俺が折れるところだろう。彼らは、俺という
それは分かるのだが、何かこういう期待がプレッシャーになって、前世の俺はおかしくなっていった気がする。初めて手合わせで勇者に負けた時とか、気が変になりそうだったし。
あれ? そういえば、今回の学園生活では、全然勇者を見ていないな。あれだけ存在感のあった勇者が、全く目立っていない。いや、学園で圧倒的に声が大きいのは、貴族たちだ。平民の勇者に誰も注目していないのは、当たり前だ。
勇者はなぜ、人目を引くようになったんだろう?
……俺だ。勇者は俺に勝ったから、頭角を現したんだった。
ということは、取り巻き連中には悪いが、俺はもう1度、無様に負ける必要があるのか。
3日後、同じ剣術の授業。
講師は前回と同じように、前に出て戦う者を募った。
「私なぞにやられっぱなしでは、セリム公子もお辛いでしょう。もう1度、リベンジマッチはどうですか?」
嫌味たらしく、マルクがまた、俺に手合わせを申し込んできた。隣のギルベルトが、「俺が、俺が」という顔になっている。
だが、すまん。俺は今日、再び負けるのだ!
「断る。2度続けて同じ2人が戦っても、授業としてつまらないだろう」
俺はまず、マルクの申し出を断った。さあ、続けて、勇者に戦いを申し込もう。
2回連続で負けたら、側近たちは悲しむだろうな。
でも、仕方ない。早く勇者に頭角を現してもらって、実力をつけてもらわないと。悪魔が攻めてきたときに、勇者が経験不足では困るのだ。
「では、ベルクマン公子、私と対戦してみないか?」
さあ勇者に声を掛けるぞ、と意気込んでいたら、割り込まれた。
「ラファエラ王女……」
参ったな。王女から誘われたら断れない。この場合、ギルベルトに任すのも良くない。俺が相手するしかない。
ただ、王女は並外れて強いと評判の人だ。負けても、マルクの時のような騒ぎには、ならないだろう。
諦めて、俺は王女と向き合った。
王女はツインテールの華奢な少女だ。見た目、強そうには見えない。
ただ、手合わせしてみてすぐに、敵わないと悟った。同じ1本の剣で戦っているはずなのに、剣が何本も同時に迫ってくるようだった。
「参りました」
勝負は、すぐに俺の負けが決まった。王女となら、体重差も言い訳にできない。純粋に技量の差だ。強いと評判の王女は、モノが違った。
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