第38話 筋肉痛と変わらない性根とバーベキュー


「        」


「        」


「        」


 今、俺とステータスちゃんとドンショクちゃんはいつものボロアパートで死んでいる。全身の筋肉痛がまだ取れず、ピクリと動くだけでも身体が軋む、誰か助けて。


 あれからしばらく経った。ボブによるブートキャンプは日を平気でまたぎ、結局俺が体力切れで気絶するまで続いた。


 暴徒となった信者達の行方を追っていたカールのおっさんらが古教会にたどり着いた時には、汗と熱気でむあっとした建物内にいた全員が、酷い疲労と筋肉痛で誰一人としてピクリとも動かない、死屍累々の有様だったという。


 そのまま何台もの救急車が呼ばれて、全員が様々な病院に担ぎ込まれた。なおその途中で、騒ぎの首謀者であったセトケンは御用となり、病院で回復し次第、取り調べが行われるらしい。


 状況が状況だったので、結局誰がどうしたのかという立証ができず、対処に当たった冒険者達には平等に報酬が分配されることになった、解せぬ、頑張ったのは俺だと言うのに。


「……そーいやステータスちゃん。何で、帰ってきてくれたんだ?」


 口を動かすだけでも辛いが、俺は彼女に聞きたかった。結局、俺は何もしていない。彼女の気まぐれか何かのおかげで、あの事態は収拾した、いや、あれで収拾したって言えるのかは疑問だが。


「……そんなこと聞いて、どうするんですか?」


「……別に、どうもしねーよ」


 対して、彼女の返事はどこか、言いにくそうにしているものだった。


「言いたくねーなら別にいーよ。気になっただけだし……」


「……大した事じゃありませんよ」


 少しして、口を開いた彼女の返事は、次のようなものだった。


「この世界の人達は、わたしがいなくなっても立ち上がりました。立って、くれました。わたしを呼んでいるのも事実ではあるのでしょうが……わたし抜きでも頑張っている小娘やショータローきゅんの姿を見て、もう少しだけ、信じてみようかと……」


「ステータスちゃん……」


 そう言う彼女の目は、とても優しげなものであった。






「……ただ相山に関してはこの世界の人じゃないですし、無様に逃げ回るしか出来ないあの姿を見たら、やっぱりわたしがいないと駄目かなぁって……」


「結局性根は変わってねーのねお前ェッ!?」







 結局は女神としての本質はそのままらしい。面倒見てくれそうなのは嬉しいのだが、なんかこう、胸に釈然としない感情が渦巻いている。


 ここでやったぜまだまだヒモになれると心から喜べたら良いのだろうが、男としての最後のプライドが、情けないとは思わんのか、と警鐘を鳴らしていた。


「……んあ、また寝てた……あれ? あんた達、なんか喋ってたの?」


 少しして、ドンショクちゃんが起きてきた。おい、口元のよだれくらい拭いたらどうだ?


「なんでもねーよ、ドンショクちゃん」


「なんでもないですよ、小娘」


「あっそ。って言うか、そろそろ時間じゃないの?」


「おっ、そうだな」


 ドンショクちゃんに言われて時計を見たら、そろそろ約束の時間だった。何かと言うと、俺達のボロアパートの前でカールのおっさん主催のバーベキュー会が開かれるのだ。


 この前の労いという訳で、バーベキューは全額、カールのおっさんの奢りだ、ホントにあの人、良い人過ぎない?


 まだ身体の節々が痛むが、タダのバーベキューと聞いて休んでいる訳にもいかん。頑張って起き上がった俺達は、外に出てみた。


「おーう、お兄さん。準備できてるぞー」


「あっ。お先にいただいてます」


 外のボロアパートの前の広場には、肉焼き用のトングを持ったままこちらに手を振っているカールのおっさんと、先に焼けたお肉を……そっちのけでスイカを食べているショータロー君の姿がある。


 いくつものバーベキューコンロが並んでおり、中で熱された炭が網の上の肉や野菜を火炙りにしている。黒服のお兄さん達もビールの缶を開けており、既にワイワイやっている様子がよく見えた。


「お父さん、お母さん。はいこれ!」


「ありがとな、カイル」


「カイル。お野菜もちゃんと食べなきゃ駄目よ?」


「お母さん解ってるよ~!」


 とあるコンロの所では、俺に葉っぱをくれたカイル君が両親と共に肉や野菜を焼いていた。カールのおっさん、わざわざ呼んだのかよ、ってか良かった。彼ら、ちゃんと家族やれてるんだ。


「おとーさん、このおにくたべりゅ~?」


「たべりゅ~ッ!」


 その隣のコンロの所ではアークデーモン係長とその娘の天使が仲睦まじげに食事を楽しんでいる、よし、俺のコンロはあそこで決まりだな、家族団らんは大事だ。


「お義父さん。娘さんにお野菜もどうかと……」


「次お義父さん呼びをしたら命はないと言ったよな? 俳句を読め、介錯してやる」


「申し訳ありませんでした」


 さり気なく混ざろうとしたけど、何処から取り出したのか、あのメイスが俺の顔を掠める形で振るわれたの俺は綺麗な土下座をキメてそそくさとその場を後にした、畜生、俺の何が悪いってんだッ!?


「美味っ、美味いッ! こんなに分厚いお肉食べられるなんて、いつぶりだろう……」


「やあやあ我こそは冒険者レベル83、カマセ=イヌスケッ! このバーベキューの誘いを受け、馳せ参じた者であるッ! いざ尋常に勝負しろォッ!」


 更にその隣では、ラッチが感涙を流しながらお肉を食べ、その隣では憎きイケメンがなにやら物々しい言い回しで骨付き肉と格闘している、楽しそうだなおい。


「やあドンショクちゃん」


「ぱ、パパァッ? 来てたのッ!?」


 すると目の前に、真っ白なゴスロリ調のフリフリドレス服に身を包み、茶髪で生え際が後退しているハゲの中年のおっさん、暴食さんが立っていた。


「せっかくだから差し入れをと思ってね。まあでも、すぐに行かなきゃいけないんだけどさ……」


「以前はご協力いただきまして、ありがとうございました。おの騒動が収拾しましたのも、ひとえに魔王軍の皆様にお力添えをいただいた事が大きかったと思います」


「これはこれはショータローさん、ご丁寧にありがとうございます。微力ながらお力になれたのであれば、私としても光栄です」


 ショータロー君と暴食さんが社会人らしいやり取りをしているんだが、片方が十歳のショタだという事実に最近違和感を覚えなくなってきた。人間は慣れる生き物だ、良くも悪くも。


「…………パパ……」


「……なんだい、ドンショクちゃん?」


 挨拶が終わった暴食さんに、おずおずと声をかけているドンショクちゃん。


「…………たまには、遊びに来てよね……」


「ドンショクちゃん……」


「……フンッ」


 それだけ言うと、ドンショクちゃんはプイッと顔を背けて、行ってしまった。


「……やれやれ。これは私も頑張らないとなぁ。じゃあ、また娘をよろしくね、ショータロー君」


「お任せください」


 それだけ言って、暴食さんは行ってしまった、遂には俺の名前すら出てこなくなったんだけど? ハブ? ハブなの? 泣いていい? 三十路が近い男のガチ泣きとか醜いよ、絶対?


「ワシが捕ってきた川魚もあるぞーッ!」


 別のコンロの前では、シロアシラと監督達が魚を焼いていた。


「どうっすか、監督さん? ワシ、結構役に立つでしょ?」


「う~ん、川魚は嬉しいが、これって賄賂になるんじゃないのかな~……受け取ると印象が良くないよなぁ……」


「そこを何とか~ッ!!!」


 もう、あそこは無視だ無視。放っておいても害はないだろう。


「バーベキューと言われたらッ!」


「参加してやろう高らかにッ!」


「ウッサァッ!」


 と思ったら、あの変態三銃士のシャーデンフロイデらが、別のコンロを占拠していた。

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