第6話 闘いを退けて

「モンスターからわたくしらを助けて下さり、誠にありがとうございます」


 ツインテールで碧眼の金髪の女王が赤い玉座に腰かけて、僕らに感謝の意を表す。


 金の王冠に白のパーティードレス。

 このオオゲサ王国を束ねる王としての気品すら感じさせる。


 沈み行く夕焼けを浴びた彼女の横顔は美しく、端から見た僕にも凛々しく見えた。


「ヨーコお姉ちゃん、今晩はめでたいんだから堅苦しい挨拶は無しにしよ」


 横にはサクラがいて、ヨーコと呼ばれた女王の額に指を突きつける。

 今、とんでもない口を滑らしたな。


「それってどういうことだ?」

「私とヨーコお姉ちゃんとの関係? 姉妹だからにきまってんじゃん」

「妹が神様で姉が王女、どんだけ稼いでいるんだよ」

「うわっ、貧乏人のひがみが出た」

「ひがんだら悪いという法律なんてないだろ」


 そう、現実世界での僕の家は決して裕福な家庭ではなかった。

 まだ子供の僕を支えるためか、朝から夜遅くまで両親は共働きをしていたのだ。


 それに気遣い、僕はお金のかかる部活には入らずに帰宅部にし、同じくお金がかかる塾は拒否して自分なりに努力して学校のみの勉学に勤しんだ。


 少しでも負担を減らし、まだ若い両親に青春を謳歌おうかしてもらいたいと……。


「どうしました、わたくしの顔をじっと見つめまして?」


 王女が間の抜けた顔で僕の様子を見かねる。


「ははーん、さては真面目ちゃんなお姉ちゃんに惚れたなあ?」

「違うって」

「まあ、気持ちは分かるけど、お姉ちゃん、最近になって船乗りのイケメンさんと結婚しているからね」

「フナムシのイクメン?」

「違う! どういう耳の構造してるよ!」


 ──モンスターと黒焦げのコブトリンを王国から退けた僕たちは王族から褒美として、王宮でバイキング風の料理のもてなしを受けていた。


 沢山のごちそうを目の前にミヨもケイタも、人の反応そっちのけでガツガツと食べている。


 旅に出てからもすぐに金が底をつき、ろくな物を口にしていなかったからな。


 食べ物が無くて闇雲に僕が捕ったイモ虫を食べさせようとしたら、二人して泣きじゃくって雑草の料理? を食べていた想い出が今でも胸にみる。


 そんな胸中、お酒の入ったグラスを片手に屈託もなく笑う兵士たちを見ていると、まあ、この異世界での生活も悪くはないものだなと思ってしまう。


「さて、そんな勇敢な貴殿きでんにお渡ししたい物があります」

「何だ、調理は苦手だから、生ものはごめんだぞ」

「いえいえ、そんな物よりもっと素敵な品になりますよ」


 ヨーコ王女が同じ髪の金色でいろどられたブローチのネックレスを僕の首に回して付ける。

 その際に肌に触れたさらさらの髪がチクチクしてこそばゆかった。


「これは勇者の称号になります。貴殿もこれで勇者の一員ですよ」

「えっ、勇者だと?」

「ええ、占い師の水晶玉で拝見しまして。スライスから始まり、見事な逃げっぷりでしたね」

「見ていたんなら、助けてくれよな」

「いえ、どのみち魔物から侵略されまして、お城から身動きがとれませんでしたから」

「ああ、そうかい」


 過ぎたことをグチグチ喋ってもしょうがない。

 僕は仮でも口先のペテン師ではなく、れっきとした勇者に選ばれたのだから。


「それからもう1つ褒美があります。そこの者、例の品を彼の前に」

「はっ、かしこまりました」


 一人の甲冑の兵士が僕の前に長い剣をおさめた柄を置く。

 この剣には見覚えがある。


 柄の表面には黒豹ヤ○ト宅配会社からの伝票シール。


 あのよろず屋の店長、意図は不明だが、わざわざこの国へと送りつけてきたな。

 大方、勇者しか装備出来ないから店に置いておくのが邪魔になったか。


「これは例の勇者の?」

「そう、勇者の剣です。勇者に認められた貴殿なら扱うことも容易たやすいでしょう」

「だからそれが使えたら苦労はしないんだよ」


 もちろん何度試しても勇者の剣は重くてでも動かない。

 のちから(タウリンパワー)を借りてもびくともしないだろう。


「この通り、僕には装備出来ない剣なんだ」

「そんなはずはありません。そのブローチが新たなちからを引き出してくれるはずですから」

「だけどご覧の通り、僕のちからではどうにもならないんだ」

「おかしいですね。歴代の勇者はブローチ無しでも、皆様装備できましたのに」

「その歴代の勇者達は、その後どうなった?」


 僕も物筋を分かっていながら、末恐ろしい問いかけをするなあ。


「ええ、皆様全員、魔王の手先に殺されました」

「そうか。魔王にすらこの刃が届かなかったんだな」


 それだけ手下が強豪と言うことか。

 あのキル・ユーですら、どんな強さを秘めているか分からないからな。


「でも剣がないとなると丸腰ですね。そうでしたわ、貴殿」

「何だよ?」

「何か呪文はお使いになられますか?」

「いや、からっきし駄目だけど」

「ならば、ここから東にある孤島のマホーアイランドで呪文の契約を結びましょう」


 王女が僕の両手を取り、色気のある薄化粧の顔をグイッと付き合わせる。

 このヨーコには女としての恥じらいの距離感というものがないのか?


「でもマホーアイランドって海のど真ん中にあるんだぜ。泳いで渡るのか?」


 骨付きチキンを頬張りながら、ケイタも絡んでくる。

 ミヨは奥の壁際にある座席に座っていて、お腹一杯で満足げのようだ。


「そんなこともありまして、わたくしから旦那様に頼んで船を1隻用意しております」

「ひえー、金持ち夫婦は考えることが大胆だぜ」


 ケイタが腰を抜かすような素振りを見せた。


「とりあえず、今日は近くの宿屋にお泊まり下さい。詳細は明日の朝、追って連絡を致します」

「何だよ、城内では泊まれないのかよ」

「何ぶん、見た目は人でも中身はモンスターだったと言われる物騒な世の中ゆえ。お許し下さいませ」


 王女が金貨が詰まった巾着袋を手に渡す。

 村で貰った量の300Kiranとは違い、随分、ずっしりして重みがあるな。


「これは……金か」

「ええ、5000Kiranあります。旅の軍資金にお役立て下さい」


「なふっー、5000だと!?」

「兄ちゃん、そんなに声を荒げるなって」

「だって1Kiran100円として、50万円だぞ。ゲームソフトやらラジコンやらあれやこれや買い放題じゃんか」

「兄ちゃん、ここは異世界だからそんなの売ってないぜ」

「何だよ、つまらん世界だな」


 僕は初めてこの世界を恨んだ。

 だけど、その想いは宿屋に着いてから、思いっきりぶっ飛んだ。


 その宿屋は高級リゾートホテルのような作りで、もてなしもサービスも最高だったからだ。

 しかも宿泊代は無料ときたものだ。


 もう、勇者辞めてここに永住したい気分だったな。

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