第5話 見事に捕まっちゃいました

『グフフ、いい眺めだな。ガハハハ!!』


 赤ワインの入った銀の酒瓶を飲みながら優越感に浸る一人の男。


 オオゲサ王国は女性が王を勤め、世界中でも紅一点の国と一目置かれていた。

 その女王による平和だった王国が今まさに危機に追われようとしている。


 頑丈な甲冑を身に宿し、剣や槍などの逞しき武器を持つ者は一人もいない。


 魔王の手先、キル・ユーの侵略により、武器を放棄せざるを得なくなった勇敢だった兵士たちの行く末は、モップとバケツを持って掃除をやらされるヒラヒラエプロンを着けたメイド服による萌えな姿だった……。


****


「やあ、ようこそ勇者御一行~!」

「それで何でお前までもが捕まってるんだよ……」


 その王国の地下にある冷ややかで暗い洞窟の牢獄に『ここに例の人質がいる』と配下となったメイド姿の門番に案内される。

 

 鉄格子の側にあるロウソクの近くで、山積みになった薄い本を読みふけっている女性……サクラが牢屋の中に囚われていた。


「何さ、天地万能の神様に向かってその言い方は失礼だよ」

「サクラ、その最強の女説を語るお前に何があった?」


 鉄格子の扉の周囲には鋭い有刺鉄線が絡まれてあり、近くにある小石をぶつけると激しい火花と共に小石が砂のように砕け散る。


 そうか。

 逃げたくても脱出が出来ないのか。


 僕は状況を得るために次へと話を持ちかけた。


「うん。実はさあ、私がいつものように下界に降りて好きなBL(ビーエル)漫画を買い漁っていたら『先着早いもの勝ち』と言う感じに、アニメショップのお店の外の地面にBL漫画が置いてあって……」


 BL漫画とは『ボーイズラブ』の略語で男が男を好きになる作風のことで主に女性が好むシリーズでもある。


「おい、道端で拾い読みはするなと学校の教育で教わらなかったか?」


 雨風に触れて痛んだ書物にはどんな伝染病や悪い菌が潜んでいるか分からない。

 タダであろうと迂闊うかつに拾うべからず。


「まあ、最後まで話の腰を折らずに聞いてよ」

「ああ」


 サクラが腰を上げて軽く伸びをしながら指先を頬に当てて、『にゃはは』と力無く苦笑いをする。


「それでさ、足元に点々と続いている漫画が実は続きものでさ、気になる内容だったから拾い読みをしてたわけ。そしたらさあ、背後から来て……」

「こんな風に無様にヤツに捕まったと?」

「そっ、そんなとこ。しかもこの牢屋、私の攻撃や能力を無効化するらしくて。えへへ、見事にやられちゃいました」

「はあ、お前、本当に神じゃなくて紙切れだよな……」


 僕は深々とため息をつく。


 あなたの神はトイレットペーパーのように薄っぺらい存在。

 あなたはそれでも紙を信じますか?


「何か、私に向かってどさくさでとんでもないこと想像してない?」


「何の、想像するだけなら自由と日本国拳法では記されている。あちょー!」

「兄ちゃん、それじゃあただの酔狂だぜ」


 僕が両手を鶴の頭のように構えていると、ケイタが顔を曇らせる。


「いや、違うな。僕は至って真面目に拳と拳でアイツと語り合おうとしている」

「だからってサクラちゃんに対して怒ったら駄目ですよ」

「むむ、ミヨがそう言うならやむを得ないな」

「ほっ、良かったです……」


 ミヨが胸に片手を当てて、息を凝らす。


 どうやら後からの詳しいサクラの話によると、この頑丈な牢屋を開けるためにはキル・ユーが所持している鍵が必要不可欠らしい。


 僕たちは自称神(……に違いない)のいる牢獄から離れ、無言で王間へ続く石の階段を昇った。


****


「──ゼイゼイ、一体いつまでこの階段は続くのだよ」

「もうすっかりオジサン越えたジイサンだな」

「おい、ケイタ。今何か失礼なことを言ったか?」

「イエイエ、天皇陛下殿。何もございませぬ」


 その階段を1000段ほど駆け上がった先に、ようやく王座がある部屋が見え、見慣れたマントの後ろ姿が目に入る。


「見つけたぞ、キル・ユー!」

『グフフフ。若人わこうどの勇者よ。ようやく来たか』


 そのわりには嫌みのある口振りで横っ腹が出ていて、背丈が低いのが気になるが……。


「お前、キル・ユーじゃないな?」

『グフフ、そうだ。キル様からこの王国周辺の管轄を任された『コブトリン』という者だ!』


 こちらを振り向いた先はキル・ユーではなく、茶色い肌に上半身は裸で黄色のこしみのを着けた人間の体に豚顔の魔物。


 鋭い牙を生やし、ボヨヨンとした下っ腹をさすりながら、名乗った男は右手の重そうな大きな棍棒で地面を軽くトンと叩く。


「確かに名前の通り、太ってるな」

『しょうがねえだろ。うちの朝飯は、いつも卵かけマヨネーズ飯大盛りだったんだから』

「まあ、いいか。それよりも地下にいる人質とメイドにした兵士達を解放しろ!」


 僕は床に落ちていたアイスキャンディーの棒を拾い、ヤツを牽制けんせいする。

 棒の先には『ハズレ。もう一本』と文字が印刷してあった。


『嫌だと言ったらどうする?』

「力づくでお前を倒すまでさ!」


『ガハハハ。そんなちんけな棒切れで武具もろくに持たない若造が。出来るものならやってみな!』

「ああ、行くぞ!」


 僕はすぐにケイタにバトンタッチし、その場から離れる。

 不意の隙を付き、ケイタが何やら攻撃呪文を口に出していたからだ。


「オムレツ愛情、あちちのちー!!」


 その言葉を枷にして、前に掲げた手のひらから放たれる炎の洪水。


 炎系の呪文、あちちのち。

 あち、あちちと並ぶ最高位の呪文だ。


『なぬ、この魔法使い、あち系の最強呪文が使えるのかあ!? 

ギャピィー、ギャオース!?』


 炎の渦に飲み込まれ、叫び狂うコブトリン。

 白く整った歯を輝かせながらピースサインをするケイタが頼もしく見えた。


「きゃあああー、ケイタ君、素敵ー!!」


 ミヨもそんな彼の勇ましさに目を奪われている。

 まさに胸を焦がし、恋する乙女か。


『む、無念……』


 炎が消えた先の世界は火を見るかのように明らかだった。

 コブトリンは丸焦げの状態から、その場に身を伏せて微動だもしない。


「ざまあないな。僕たちの作戦勝ちだな」

「ウソつきなさい。あなたは何もやってないでしょうが!」

「そう言うミヨもじゃんか」

「いいえ。自分は精一杯ケイタ君を応援していました」

「なぬ、そんなセコい逃げ手があったか!?」


「おいおい、二人とも痴話喧嘩よりこちらが優先だろ」

 

 ケイタがこんがり炭火焼きと化したコブトリンのこしみのに付いていた銀の鍵をそろりと奪い、僕の手元に渡す。


 そうだったな。

 今は同人誌に夢中な『眠らずの檻の姫』を救出しなければ……。







 

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