悪魔祓いをするために
「ハイト……お父様とアイザックさん、悪魔に憑りつかれていましたね」
流石に悪魔に憑りつかれたあの二人を非情に殺すことはできないので、レイナの雷龍に乗って大急ぎで撤退した。デュークハルト領の境を抜けた辺りでレイナが話しかけて来た。
「……いつからなのでしょうか? その、ハイトはどうするつもりなのですか?」
「確かなことは解らない。……でも、俺は二人を助けたいと思っている」
「……ですよね。でもハーメニア王国の侯爵が悪魔となって、それを王族として放置するわけにも行かないんですけど」
「それは解ってる。……だから一か月――いや、二週間ほど猶予をくれないか?」
「に、二週間ですか? ……その間に二人を治す手段を見つけるんですか?」
いや、正確にはもう既に……知っている。
JROも佳境に入り『魔界』に当たり前のように足を踏み入れるくらいになると、悪魔に憑りつかれた人間を幾度となく見ることになる。
その際、冷酷非情にも全員殺すだけでは辛いので、魔界で入手可能な希少なレアアイテムを使えばその悪魔化が治ると言うシステムがあるのだ。
希少と言っても『悪魔化した人間全員殺さない縛り』が膨大な時間を掛けさえすれば実現可能な程度のレアリティだし、アルジオとアイリーン二人を治す分のそれを入手するのはそんなに難しくない。
ただ……
「その為に『魔界』に行かなければならない」
「……『魔界』ですか?」
レイナはキョトンとした顔をする。そう言えば『魔界』って地上世界じゃ一部の狂信者と悪魔の関係者くらいしか語ってなかったしなぁ。
「ああ。全ての『悪魔』は『魔界』に原点を置くと聞いている。あそこに行けば間違いなく二人を助けられると思う」
「……そうなんですか。ところで、その『魔界』ってどんな場所なんですか?」
「もの凄く危険な場所。……間違いなく、今の俺よりも強い魔物がこれでもかと言うほど跋扈している」
「…………!?」
実際、理不尽に遭遇する強キャラから安全に確実に逃げ切ることを想定するならレベル200は欲しい。……中には討伐推奨レベル300~500の邪龍種だって何匹も存在しているのだ。
正直エンカウントして命を狙われたら、俺は逃げることすら出来ずに死ぬ。
「き、危険じゃないんですか?」
「危険だよ、とても。……だけど今回に関しては行く価値がある」
「ハイト。……そうですよね」
それにどのみち、魔界はいつか行く予定だったのだ。本当はレベル250くらいになってからのつもりだったけど。でも、JROの極限低レベル縛りでやってるプレイヤーはレベル80で魔界に足を踏み入れていた。
めっちゃ上手かったけど、何回か死んでた。
いや、でも俺はレベル140。
死ぬ覚悟を多少なりとも決めた俺にレイナは意を決して言う。
「……そう言う事なら、私も着いて行きます」
「いや、それは駄目」
俺が言うと、レイナは驚きに目を見開く。
「……それは私が弱いからですか?」
おずおずと聞いてくるレイナの言葉は、まさしくその通りだった。
レイナのレベルは63。如何にレイナが強キャラで、JRO屈指のパワーを持っていてもレベル70未満であの『魔界』に挑もうだなんて正気の沙汰じゃない。
レイナの圧倒的なパワーを考慮しても80……いや、85は欲しい。それも、雷龍の能力を十分に発揮できる前提で、だ。
そう言う意味でレイナはレベルも、雷龍との絆も足りていない。
自分の身を守るだけでも精一杯な『魔界』で、レイナを守りながら散策するのははっきり言って不可能だ。
しかしこれをどう伝えたものか。
これを正直に伝えたらレイナは少なからず傷つくし、下手すれば嫌われてしまいかねない。だけど万が一にもレイナが死んでしまえば俺は一生後悔する。
だから、レイナに「行こう」とだけは口が裂けても言えない。
俺が悩みながら黙りこくっているとレイナが察したように。
「解りました。どうやら今の私では力不足のようです」
そう言った。
「……ですが、それでもハイトだけでその『魔界』と言うところに行くのは危険です。せめて、誰か一人でも強い人を連れて行ってください。幸いハーメニアには強い武人が多くいますし、私なら融通を利かせられると思います」
「それは、助かるよ」
俺も助っ人は頼もうと思っていたけど、王女であるレイナが口利きしてくれるならこれ以上心強いことはない。
「……それで、誰に助っ人を頼みますか?」
そんなの決まっている。
この国で今、最も強いであろう人に。
◇
「お願いします! 俺と一緒に『魔界』に来てください!!」
ここ二週間、殆ど俺やレイナの教室とも化している学園長室。
そこに入るや否や、俺は黒いローブを着込んだ銀髪蒼眼の女性に頭を深々と下げていた。
「……『魔界』ってあの伝説のですかぁ? ハイトさんが唐突なのは今に始まったことじゃないですけどぉ、流石にそれじゃ話が見えないですよぉ?」
間延びした喋り方でそう言うリズ先生に、俺は先ほどの経緯を話した。
「……なるほどぉ。デュークハルト侯爵とその嫡子が悪魔に。そしてそれを治す方法が『魔界』にあるとぉ。なるほどぉ。ようやく話が見えてきましたぁ。しかし、ハイトさんはどうして悪魔化を治す方法を知ってるんですかぁ?」
それは、前世のJROの知識で……だけど、流石にそれを馬鹿正直に言えるわけないしなぁ。
「ま、まぁ。伊達にこの学園で首席張ってるわけじゃないですから」
「そうですかぁ。そう言う事にしておきましょぉ。まぁ、でもぉ良いですよぉ。その『魔界』とやらについて行ってあげてもぉ」
「本当ですか!?」
「えぇ。だって大貴族が悪魔に……なんて下手しなくても国家の一大事ですしぃ? 前の学園長の悪魔化も他人事じゃないですしぃ。それを治せる方法は一研究者としても興味深いですからねぇ。
それにハイトさんが態々ボクに頭を下げるあたり『魔界』って言うのはやっぱり、危ないところなんですかぁ?」
リズ先生は好戦的な笑みを浮かべる。その性格にボコボコにされた回数はこの二週間程度の付き合いでも10を超えるけど、今ばっかりはそれがとても心強かった。
「ええ。物凄く。正直、俺とリズ先生で行っても100%生きて帰れる保証はないかもしれないくらいに」
「へぇ。ボクのテレポートがあってもってことですよねぇ。これは期待して良いんですよねぇ。あ、それと王女様ぁ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「一応危険な『魔界』ってところに、ハイトさんのお守りの為に赴くのでぇ、研究費を融通してくれるとかの報酬があった方が嬉しいんですけどぉ」
「そ、それは勿論用意させていただきます」
「やったぁ。言ってみるもんですねぇ」
リズ先生は上機嫌で子供みたいに喜ぶ。
リズ先生はレイナやアイリーンと違って『就職の儀』から時間も経ってて、レベルも高いだろうし、どんなに強い敵相手でも緊急脱出手段としての『テレポート』を持っている。
100%生きて帰れる保証はないとは言ったものの、リズ先生が来てくれればあの『魔界』でもかなり安全に散策できそうだ。
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