Sランク冒険者候補、謁見する
JROにおけるSランク冒険者への昇格は体感、かなり緩かった。
ヒールプレイやPKを好き好んでするプレイヤーも大体冒険者ランクはSだったし、何ならどこかの国で大きな事件を犯しても、最悪別の国に移って別の国の王様に許可して貰えば事足りる。
それは少なくとも、JROにおいてSランクに推薦される為にはSランク昇格への条件を完全に見たし、フラグを立てる必要があるというシステム的な話はあるが、それなりに長い間攻略wikiを管理していた俺でも、フラグが立った後にSランク冒険者になれなかったなんて話は聞いたことがない。
ただ、この世界に来てからJROでは起こらなかったことが次々に起こった。
本当に大丈夫なのか……。
少しの不安を抱えながら、歩き慣れた王宮で支部長を軽く案内しながら王の間へと向かった。
◇
俺がこの王の間へ来るのは二回目ではない。
子供の頃はレイナと何度も遊びに来たりしたし、そうでなくとも国王から私用でちょこちょこ呼び出されることもあった。
最早この場所には何回来たか解らないほど来ている。
そして、ハーメニア国王にももう何百、何千回と顔を合わせている。
それでも少し緊張していた。十年前よりも少し老けた顔、少しだけ太り始めたお腹――着実にJROで見かけた姿になりつつあるハーメニア国王は口を開く。
「ハイトよ、よく来たな? よもや貴様がここまで早く、この場に来るとは思わなかったぞ」
「はっ」
ハーメニア王は驚いているのか面白がっているのか、心底愉快そうに笑っている。
「して、如何なる実績を持ってハイトをSランクへ昇格させると申すか?」
「……フォレストドラゴン、シードラゴン、マウンテンドラゴン。ハーメニア領に生息する下級ドラゴンの累積討伐数、百以上をもって彼をSランクへ推薦したく思います」
「嘘だな」
ハーメニア王は少し不快そうに、支部長を睨み付ける。
支部長は緊張か焦りかで、顔を青ざめさせ汗を搔いていた。
「う、嘘ではありません! ……ハイトがほぼ単独で、一月の間に下級ドラゴンを100以上討伐したことは間違いありません!
その記録も、証拠として70体分以上のドラゴンの素材もギルドにはあります!」
……70体分はまだ捌ききれてなかったのか。
しかし、そんなギルド長の言葉をハーメニア王は冷ややかに見ている。
「だろうな。朕が言っておるのはそう言うことではなく……ハイトなら、下級ドラゴン討伐なんかで満足する弾ではないと言っておるのだ。
ハイトよ。朕の前で隠し事は無用だ。本当はもっとスゴいのを倒したんだろう?」
「いえ、倒したのは下級ドラゴンだけです」
「……であれば、上級ドラゴンを倒してこい。出来ぬのであれば……」
ハーメニア王は不穏な空気でそう言った。ただ、俺は
「ただ、ファフニールを従えました」
「なぬ!? ……ハイト、貴様は竜騎士か何かだったのか?」
「いえ『農民』です」
「の、『農民』が如何様にしてファフニールを従えたのか……ハイト。貴様がこの場で嘘を吐く愚物出ないことは解っておるが、それでも朕は貴様の言っておることを信じることが出来ぬ」
「そうですか。では、論より証拠を見せる方が早いでしょう。ファフニールを今、この場でお呼びしても?」
「そ、そんなことも出来るのか?」
出来る。チャット機能もあるJROでは使用機会が殆どない完全な死にスキルだったが、現実となったこの世界では……ちゃっと機能やその他課金アイテムがなくなったこの世界でならかなり有用と思われる遠方への連絡手段が存在しているのだ。農民には。
「可能です」
「では、呼んで見せよ」
「はい」
――そのスキル名は『ヨーデル』
地球では高音と低音を交互に繰り出すことによって、隣の山にいる人間にメッセージを送るためにアルプス地方の農民が生み出した伝統民謡である
そしてどういうわけかJROの『農民』は遠方への連絡手段として『ヨーデル』を覚えるのである。
JROでは、それこそ『家畜』を遠くから呼び寄せる以外に使い道のないが、JROで『家畜』を態々呼び出したい場面なんてなかったため、完全な死にスキルではあったこれはスタッフの遊び心だったのか。或いは、何かしらの隠しイベントを想定してのスキルだったのかは解らないが……
「レリリロレリリロファフニールヨーデル!!」
いきなり奇声のような高音でファフニールを呼び出し始めた俺に、王を護衛する騎士は警戒を見せ、ハーメニア王と支部長は奇っ怪な者を見る目で俺を見てきた。
……あれ? このスキル使うのかなり恥ずかしいぞ。思わぬ欠点を発見したが、これが『農民』の持つ唯一の遠方への連絡手段なので致し方なかった。
こう言うのは弓使いとか諜報屋の仕事だからなぁ……。
そんなこんなで十分ほど、俺がヨーデルを歌い続けるという地獄のような時間が流れ、そろそろこの場にいる人たちの我慢の限界も訪れ始めたと思われる頃。
ようやく遠目に、その純白で大きく雄大なその姿を上空に表した。王の間の窓からファフニールは顔を覗かせる。
「主殿。呼ばれたから大急ぎで参上したが、何なのだその奇っ怪な歌は。……我の住む山脈の頂上にまで響いておったぞ」
「……あ”?」
「い、いや。な、何でもないが……い、一応主殿に手土産を持ってきたぞ」
ファフニールはシュンとしながら、黄金の剣やミスリルと思わしきもので作られた腕輪。魔力の籠もった石などを王の間の床に転がした。
「信じられん。真龍のファフニールが自らの財宝を差し出すなど……」
「夢を見ているようだ。ハイト殿の神童ぶりは相変わらずだが、しかし『農民』を賜ったというのが信じられん」
「あぁ。こんなの史上の『英雄』でさえ不可能な所業だぞ」
騎士たちはざわめき、驚くが――JROガチ勢だった俺の価値観からすれば、ファフニールなんて龍の中では雑魚だ。
特に、最強の龍――七年以内にレイナが従えるであろう雷龍に比べればずっと。
しかし、だからこそレイナが雷龍を従える前にファフニールを疲労できたのは幸いだったとも言えるだろう。レイナの後だったら、何を出しても霞むからなぁ。
ただ、一つだけファフニールに文句があるとすれば――手土産は出来れば今じゃなくて、別のタイミングで渡して欲しかった。
俺は、肘掛けで頬杖をついて愉快そうに笑うハーメニア王にファフニールの手土産を手渡す。
「こちらの宝物は、全て王に献上致します」
「これだけのものを見せられれば、ハイト。貴様をSランク冒険者として認めないわけにはいかぬな。それに、この宝物の献上も実に大義である。朕は頗る機嫌が良い。何か褒美を使わそう」
ハーメニア王は強キャラ感溢れる所作で、そう告げる。
……これは、間違いなく試されている。……本音を言えば今すぐにでもレイナとの婚約を戻して欲しいが――
「……正直に言えば、レイナとの婚約を今一度と思っております。しかし、今の俺では身分、実力、人間としての魅力――その全てを合わせた総合力でレイナに劣る自覚もあります。なので一先ず、爵位を欲します」
「ほぅ。一先ずで爵位を求めるか。なるほど、面白いな。実に面白い。――どのみち功績を挙げたSランク冒険者は、国で囲うために爵位を与えるのが習わしだ。
ハイト。貴様にはとりあえず、子爵の位をやろう。――更に功績を立て、成り上がれ、ハイトよ。さすれば再びレイナとの婚姻を認めることもやぶさかではないと思っておる」
国王はそう言った。
功績を立てれば、復縁もやぶさかではないと。この謁見の――公の場でそう言ったのだ。……これは事実上の親公認?
いや、それは流石に飛躍しすぎか。
でも、この一件で俺の目標の一つであるレイナとの復縁に大きく近づいたことは間違いなかった。
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