第111話【エスカの診療所と防犯対策】

「お帰りなさい、オルト君」


 デイル亭に戻るとシミリが笑顔で出迎えてくれた。


「ああ、ただいま。

 むこうは一応カタはついたよ。こっちの様子はどうだい?」


「順調・・・すぎるかな。

 初日から結構な患者さんが来てたよ。違う連中も結構いたけどね」


「違う連中?」


「ナンパ連中よ。

 怪我の治療にかこつけて食事に誘ったり、求婚の申し込みをする奴とかね」


「ああ、まだいるんだそういう奴等。

 まあ、正式に婚約者が居ると明言してないし、人気もあるそうだから仕方ないのかな」


 その発言にシミリはジト目を僕に向けてため息をついた。


「オルト君。まさかエスカさんとの約束を忘れた訳じゃあないですよね?

 とりあえずは『スポンサー』状態でおいておくと言ってたけれど、そのあと『困るようなら婚姻の儀式もする』と言ってましたよね?

 何か対策をとらないとすぐに儀式を求められる事になりますよ?」


「ああ、そういう約束をしていたな。うーんどうするかな」


 僕達が話していると診療室からエスカが顔を出してきた。


「あ、お帰りなさいオルトさん。シミリさんもお疲れ様でした。

 もう、すごく患者さんが来られて大変だったんですからぁ。

 安売りのお店が開店した訳じゃあないのに皆さん怪我のしすぎですよね(笑)」


 エスカは少し疲れているみたいだが、笑顔がでるくらいにはまだ元気があるようだった。


「お疲れ様だったようだね。

 なんだか余計な患者?も来ていたようで大変じゃなかったかい?」


「あはははは。まあ、若い女性治癒士ですからね。

 多少は変なのも来ることはありますよ。

 でも、ここは宿屋の中ですからね。

 何かあって悲鳴のひとつもあげれば誰かが飛んで来ますからそう危ない目にはあわないと思います」


 エスカの言葉に僕はハッとさせられた。

 本人はああ言っているが大丈夫な保証はない。早急に対策を取る必要がある。


「わかった。明日までに何か対策を準備しておくよ」


 僕はそう言うと診療室の部屋を見てまわり、防犯のイメージを作り上げていった。


   *   *   *


「ーーーよし!とりあえずこのくらいで様子を見るとしようか」


 次の日、診療室にあった物はこの世界には無いはずの物があちこちに設置してあった。


 防犯カメラから魔法AIを搭載した防犯人形『まもるくん』まで多岐に渡った。


「何ですか?このぬいぐるみ達は?

 可愛いですけどあまり大きいと部屋が狭くなっちゃいますよ?」


 そう。僕が置いたのは熊のぬいぐるみ型の防犯人形だった。

 人間型だと不気味がられる可能性が高いのでこの型にしたがちょっと大きすぎて邪魔だった。

 もう少しコンパクトに作り替えた方がいいかもしれない。


「まあ、コイツが横で見てれば良からぬ考えの患者モドキも減るんじゃないかと思うから今日一日使ってみてほしい。

 邪魔なようならもう少しコンパクトに作りかえるから」


 エスカはこのぬいぐるみ達がどんな事をするのか分からないまま明日を迎える事になった。


   *   *   *


(エスカの方はとりあえずこれで様子をみるとして、そろそろ一度カイザックにも戻らないといけないな。

 ちょっとシミリにも相談してみるか)


「シミリ、ちょっと相談なんだけど。

 こっちの問題が落ち着いたら一度カイザックに戻ろうと思うんだ。

 護衛の件でカイザックギルドへの完了報告もまだしていないから報酬も半分しか貰ってないし、ゴルドさんに相談したい事もあるしね」


 シミリは僕の言葉を聞くと、すぐに頷いて手帳に何か記入していった。


「具体的にいつ頃になりそうかな?当然帰りも馬車一台分の荷物を仕入れて帰るからね。

 リボルテ特有の品物でカイザックで高く売れるもの・・・なにがいいかなぁ」


「とりあえず、数日程度で準備しておいてくれると助かるな」


「分かったわ。明日にでも商人ギルドに行って情報を集めておくね」


「ああ、頼むよ。

 シミリは頼りになるから助かるよ。いつもありがとうな」


 僕が感謝の言葉を言うとシミリは頬を赤らめてにっこりと笑った。


   *   *   *


 ーーー次の日もエスカの診療室は患者であふれかえっていた。


「はい。次の方・・・ラッツさん。

 また怪我をしたんですか?気を付けないとそのうち本当に大怪我をしますよ。

 ヒール!はい。次の方は・・・」


 相変わらず患者が次々とやってくる。

 中にはよこしまな考えの者も幾人か来ていた。


「エスカちゃん。

 今日の仕事が終わったら飲みに行かない?いい料理とお酒を出す店を見つけたんだ。

 どうかな?」


「すみません。今、診療中ですからそういったお話は控えてもらえますか?

 それに、この怪我もヒールをかけるほどではないので傷薬の方が安価に治せますよ」


 患者には親切丁寧な対応のエスカも治療が不要な患者モドキには徹底して塩対応をしていた。


「そう言わずにちょっと付き合うくらい良いじゃないか?

 それにこんな狭い空間に若い男女二人きりとか間違いがあっても証明出来ないよ?」


 男がエスカの手をとって引き寄せようとした瞬間、横に置かれた熊のぬいぐるみから殺気が男に向かって放たれた。


「うおっ!?な、なんだ!?」


 不意の殺気にまわりを見渡したが、ふたりの他には誰も居ない。男は変に思いながらもエスカにアタックを続けた。

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