第107話【交渉事は焦らずよく考えて】

 ーーーちりんちりん。


 カクレンガのドアベルが店内に響いた。


「いらっしゃいませ。お食事処カクレンガへようこそ。

 本日は二名様ですか?」


 受付担当の女性が声をかけてきたのでクーレリアは渡された紙を渡す。

 それを確認した女性は「少々お待ちください」と断ってから厨房へ入って行った。


「綺麗な店内だね。お客も多いみたいだし結構繁盛してるみたいだね」


 僕達が店内を見回していると厨房から料理長が出てきて挨拶をした。


「ようこそお食事処カクレンガへおいでくださいました。

 そう言えば自己紹介をまだしておりませんでしたね。

 この店のオーナー兼料理長のフォルクと申します。

 この度は本当に良い包丁と出会う事が出来て嬉しく思っています。

 後に少々相談がありますが、まずはお食事をお試し頂けたらと思います」


 フォルクは挨拶を終えると受付の女性にテーブルへ案内するように促してから厨房に戻って行った。


「では、お席にご案内致しますね」


 指示を受けた女性は僕達を個室に案内してくれた。

 六名程座れるテーブルに向い合わせで座る僕達に飲み物を出してから下がっていった。


「おっ!旨いな。果物のジュースだが甘さと酸味が良く調和している柑橘系の飲み物だな。女性に人気が高そうだ」


 やはり旨い食事を食べる事はこの世界で一番やりたい事だったので、ついつい分析をする癖が出ていた。


「いろいろな事をよく見られていますね。

 あら、この飲み物は本当に美味しいですね」


 クーレリアは僕のほぼ独り言に感心すると飲み物に口をつけてから感想を言った。

 待つ事数分で料理が出てきた。

 コース料理かと思ったらいきなり肉が出てきてびっくりする僕を横目に給仕の女性が食べ方の説明を始めた。


「この薄切りのお肉を鍋のお湯に潜らせてからタレにつけてお召し上がりくださいね」


 料理を見た僕は頭の中で『まんましゃぶしゃぶやん』と突っ込みを入れていた。


「美味しい!? 凄いの!お肉が口の中で溶けて消えたわ!オルトさんも食べてみてよ」


 興奮したクーレリアが僕にも肉をすすめる。

 僕は向こうが透けそうな程に薄く切られた肉を見てまず感心した。


「この薄さを機械無しで再現するとはここの料理人はよほど優秀なんだな」


 そして肉をしゃぶしゃぶして食べる。


「!?」


 転生前の日本でもこれだけの物は食べた事は無く、驚きが隠せなかった。

 もちろん転生前は薄給ブラックだったので、しゃぶしゃぶの高級店には行ったことはなかったのだが・・・。


「こちらの方もお試しください」


 給仕の女性がステーキを持って入ってきた。

 肉が続くが、この店の売りが肉らしいので気にせずに食べてみる。


「こっちも凄く旨い。

 肉汁も十分だし何より柔らかいのにボリュームがあり、満足感が半端ないな。

 女性には薄切りの方が人気になりそうだけど男性にはこっちが人気になりそうだよね」


「そうですね。私もこんなに美味しいお肉を食べたのは初めてです。

 よほどお肉が良いか処理の腕が良いかですね」


「それか包丁が良いかだね」


(多分、今言ったこと全部当てはまるんだろうけど旨いにこした事はないからな)


 結局、その後はスープやらデザートやらが出てきてお腹一杯になった僕達は店が落ち着くまでゆっくりと休むことにした。


   *   *   *


「お待たせしましたね。

 ようやく店も落ち着いたので後は副料理長に任せてきましたよ」


 しばらくして料理長のフォルクが飲み物を持参して部屋を訪ねてきた。


「お食事はいかがでしたか?

 薄切り肉の料理はまだ一般提供してないメニューでしたので是非感想を頂けたらと思います」


 フォルクは丁寧にお辞儀をして、僕達に断りを入れてからテーブルについた。


「大変美味しかったたですよ。

 初めて来させてもらいましたが良い料理を出されていますね」


「凄く美味しかったです。あんなお肉は初めて食べました」


 僕達がそれぞれの感想を伝えるとフォルクは笑顔で「ありがとうございます」と答えた。


「それで、何か相談があるとの事でしたがどのような内容なのでしょうか?」


 今回呼ばれたのはクーレリアだったので彼女が話の主導権を握るべくフォルクに問いかけた。


「ははは。気がお早いですな。

 まあ、もったいぶっても話は進みませんからね。そうですね。

 単刀直入に申し上げます」


 フォルクはそう言うと真剣な表情でクーレリアに言った。


「正直、あなたの包丁に惚れ込みました。

 あれほど品質が高い包丁とは今まで出会った事がありません。

 そちらの都合もあるでしょうが、なんとか優先的に私どもに卸してはもらえないでしょうか?」


「それは『包丁を独占したい』と言われてるのですか?」


 そこに僕が横から口を挟んだ。

 フォルクはちらりとこちらを見るとクーレリアに向き直り疑問を唱えた。


「こちらの方が?」


「ええ、私の恩師であり包丁作りの師でもあるオルトさんです。

 今日は無理を言ってついてきて貰いました」


「ほう。こちらが・・・。

 いや、失礼しました。クーレリアさんの師ならばオルト殿も鍛冶士ですかな?」


「いえ、僕の本業は薬師ですよ。

 ただ、商人の妻と旅する際に各地でいろいろな知識を仕入れており、鍛冶に関しても知人から情報を仕入れてお伝えしただけですよ。

 良いものが出来たのはクーレリアさんの才能のおかげです」


 僕は今後の事も考えて『薬師』のスタンスは変えずにつじつまの合う説明をする事にした。

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