第105話【職人の魂に“妥協”と言う言葉は無縁】
「ああ、これと同等の包丁は買うことが出来るのか?」
「その包丁をお買い上げ頂いた方にもお伝えしたのてますが、まだ品質が安定した製品を作るのが難しいために量産は出来ない状態なんです。
二流品ならばそれなりに出来るのですが、やはり職人としてのプライドがありますから投げ売り品はお渡し出来ないのです」
クーレリアは試作品の包丁を数本見せたがそれらは売るつもりはないと首を振った。
そこに並べられていた包丁は他の刃物屋に行けば最上級品として売られていてもおかしくない出来の品だった。
「それらが二流品だって!?それじゃあこの包丁は?」
料理長は持ってきてしまった副料理長の包丁を出して聞いた。
「それはぎりぎり納得できた品でしたのでお渡ししたものですね。
もし、同等の品質をご希望でしたら予約をされて頂ければ良いものが出来た時に連絡を差し上げますけど・・・」
料理長はその言葉に絶句した。この店は国宝でも作るつもりなのかと・・・。
「今はそこに並べてある包丁で十分なのだが、なんとか譲ってもらえないだろうか?」
その言葉にクーレリアは少し困った顔をしたが『ぽん』とひとつ手を叩くと料理長に言った。
「中途半端なものをお渡しするのは少し気が引けますが、きちんとした品物を用意出来ないのはこちらが未熟なせいですのでこちらの包丁はとりあえず『本製品が出来るまでの代替え品』としてお貸し致します。
但し、本製品を予約して前金を半分頂く形になりますが宜しいでしょうか?」
それを聞いた料理長は顔をほころばせてクーレリアに言った。
「本当か!ありがたく予約させてもらうよ。
今はいくら支払ったらいい?半分と言わず全額でもいいぞ」
そう言った料理長だったが、次の瞬間青ざめた。
(しまった!下ごしらえの途中で飛び出してきたから財布を忘れて来た!一体どうすれば・・・)
「すまない。慌てて来たので財布を忘れてきたようだ。
さすがに金を持ってきていないで商品を受けとる訳にはいかないな。
仕方ないから明日にでも出直すことにするよ」
残念そうに力なく答えた料理長が帰ろうとした時にクーレリアが呼び止めた。
「えっと、昨日買われた方の同僚さんですよね?
でしたらカクレンガの料理人さんですか?
もしそうならばこれはお持ち頂いても大丈夫ですよ。
明日の午後からそちら方面に用事で出掛けますし、お店も知っていますのでお金はその時にでも頂ければ良いですので・・・」
「本当ですか?ありがとうございます。
では来店された時に受付にこの紙を出してください。
すぐに出られるように伝えておくので!」
そう言うと料理長は嬉しそうに包丁を受け取り店へ戻っていった。
「さーて、私はお昼までに一本打とうと思うから炉を使わせてね。
お父さんは店番をお願いね」
クーレリアはそう言うといそいそと奥の工房へ向かっていった。
* * *
包丁を受け取った料理長がお店に帰って来たのを見つけた副料理長はすぐに声をかけるために料理長のもとへ走った。
「やっと戻られましたか。
酷いですよ、私の包丁を持っていってしまうなんて。
仕方ないので下ごしらえには料理長の包丁をお借りしましたからね。
で、どうでした?売りに出ていましたか?」
借りていた包丁を返しながら料理長はもうひとつの包みから一本の包丁を取り出した。
「まだ、納得いく品物が出来てないそうで予約だけしてきたんだ。
こいつはそれが出来るまでの代わりに貸してくれたものだよ。
正直、この包丁でも十分納得出来そうな品だが職人が首を縦に振らないから売り物にはならないそうだ」
そう言って代替えの包丁を副料理長に見せた。
受け取った彼は自分の包丁と見比べるが殆んど違いがわからず「うーん」とうなるだけだった。
「見た目は殆んどわからんだろう?
だから切って試してみる事にしようと思うんだが先ほどと同じ肉を薄切りにしてみよう」
料理長は代替え包丁で先ほどと同じように肉を捌いて同じように湯通しをして食してみた。
「なるほど。あの包丁を打った鍛冶士は本当に本物だな。
ほとんど同じに見えるのに肉の食感が大違いだ。
確かにこれだけ違えば本物を知った今、この包丁では不満が残るな」
「うーん。私には殆んど分かりませんが、料理長がそう言われるのならばそうなんでしょうね」
横で今回の肉も試食する副料理長は微妙な違いが判断出来ずに悔しそうに呟いた。
「まあ、出来ないものは仕方ない。
当面はこの包丁で料理をしていくさ。
一気に旨い物を出し過ぎると行列でこっちが倒れるまで働かないといけなくなるからな。はっはっは」
* * *
お昼のピークをこえた頃、クーレリアがカクレンガの店にやってきて受付に紙を渡した。
それを確認した受付はすぐに料理長を呼びに厨房へ行った。
「わざわざ来てもらって申し訳ないな。
これが約束の予約料金になる。確かめてくれ」
クーレリアは中を確かめるとにっこり笑い、鞄から一本の包丁を取り出した。
「あの後、すぐに工房に
「見ても宜しいですか?」
「どうぞ」
その言葉に料理長は丁寧に包みを開き、出来たばかりの包丁を手に取った。
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