第87話【秘密の特訓と患者人形】

「よし、それじゃあ始めようか。


 今日は初日だから簡単な事から入るよ」


 僕はそう言うとあらかじめ作っておいた実験用の人形を取り出した。

 そこには3人の中年男性を模した人形がおり、それぞれ

『刀で斬られたような大傷をおった人形』

『顔が紫になって脂汗をかいている人形』

『顔が真っ赤で今にも窒息しそうな人形』

 のよくある怪我と病気を模した人形だった。

 少々リアルに作りすぎたような気もするけど・・・。


「この人形を患者に見立てて治療をするよ。

 怪我と病気と事故で3種類用意した今にも死にそうな顔した人形。

 名付けて『おっ、三途さんず』だ。

 今にも昇天しそうな感じが最高に出ているだろ?」


「オルト君、ネーミングセンス無さすぎではないですか?」


 シミリは飽きれ顔で僕の力作を眺めていた。

 それを横で見ていたエスカが僕に聞いてきた。


「あっあの・・・。

 どうして中年男性の人形ばかりなんでしょうか?もっとこう格好いい男の子とか可愛い女の子とかでも良かったような気もするのですけど・・・」


「確かにおっさんばかりではモチベが上がらないかもしれないけれど、これは怪我や病気の治療人形なんだよ。

 考えてみなよ、毒におかされた顔を紫色にしたイケメン男子とか血のりとはいえ血だらけになった美少女とか目の前にして冷静に治癒魔法の練習が出来るかい?

 確かに現実では誰がいつどうなるかわからないからそんな場面に遭遇するかもしれないけどね」


「うっ、確かにそれはいきなりは無理かも・・・。

 ごめんなさい、このままでいいですのでよろしくお願いします」


 エスカの了解もとったのでレベルアップ講習を始める事にした。


「それでは始めるよ。

 まず怪我から見ていこうか、この血のりベッタリ切り刻まれ人形に回復魔法をかけてみようか」


「人形に回復魔法をかけて治るものなんですか?本物の人間じゃあるまいし・・・」


 至極当然の疑問を投げ掛けられたので僕は平然と答えを返した。


「人形が治らないなんて誰が決めたんだい?

 それに君はもっと上の治癒士になるんじゃなかったかい?

 普通の事を普通にやっていたんじゃあ何も変わらないと思うよ」


 僕が少しだけ不機嫌そうに答えるとエスカは慌てて首を振り、すぐに魔法を唱え始めた。


「聖なるマナよ。癒しの光となりてこの者の傷を癒したまえ。ヒール!」


 エスカの唱えた魔法は人形を緑色の光で包み込み数秒後に消えた。


「ど、どうでしょうか?」


 エスカが恐る恐る僕に聞いてきた。

 僕は人形の傷口を確認するとエスカに確認するように促した。


「傷は・・・塞がってますね。

 凄いですね、本当にヒールで傷が治ってしまいました。

 この人形どんな構造になってるんですか?」


 僕はエスカの疑問には答えずにヒールについて説明した。


「一応傷口は塞がっていますが、完全には治っていません。

 これが今のエスカさんのレベルです。

 これがもう一段階上がると傷痕まで治す事が出来ます」


 僕はそう言うとそっとハイヒールの魔法を唱えた。


「えっ?」


 人形は僕の魔法を受けて淡い桜色の光に包まれ傷痕まで全て完治した。

 それを見たエスカは最初こそ驚いた顔をしたがすぐに涙目になり呟いた。


「やっぱりあれは貴方あなただったんですね。

 でも貴方は薬師ですよね?どうして回復魔法が使えるんですか?」


「それについては悪いけど説明出来ないんだ。

 まあ、ちょっと特殊な条件が重なって使えるようになったとでも思ってくれるといい。

 あまり深く追及すると君のためにもならないし、契約違反になりかねないよ」


「ごめんなさい。

 私いつも何かに興奮すると全く周りが見えなくなっていつも迷惑をかけてしまう悪い癖があるみたいなんです」


(ああ、一応自覚はあるんだ)


「まあそれについてはエスカさんが良かれと思っての行動だし、今のところは周りが見守ってくれてるようだから少しずつ改善していけば良いんではないかな?」


「そうですね。頑張ります」


 エスカは両手を握りしめてやる気を見せると次の指示を待っていた。


「よし。じゃあ傷に対する回復魔法のレベルをあげる訓練をしよう。

 エスカさんは人の魔力の濃度が見えるんだよね?

 でも、自分の魔力濃度は見えない。どうしてか分かるかい?」


「えっと・・・わかりません」


「簡単に説明すると、エスカさんは太陽なんだよ」


「わたしが太陽?」


「うん。エスカさんの持つ特殊なスキルで自身の魔力を相手に働きかけてその反射や混ざり具合で魔力の濃淡を判断していたんだ。

 だから相手はわかっても自分の魔力は見ることが出来なかったんだよ」


「わたしの特殊スキル・・・ですか?」


「結構レアなスキルらしいんだけどどうやら認知度が低く、役にたたないスキルと言われてるらしいんだ。

 本当に鑑定士とかは何をやってるんだろうね」


 僕はため息をつくと人形のリセットボタンを押した。


「きゃっ!?」


 人形は最初の大怪我をした状態に戻って今にも死にそうな顔でこちらを見ていた。


「もう一度回復魔法をかけてもらうけど、先にこの水晶球に触って光が濃い緑色になるまで魔力を上乗せしてみてくれるかな?」


「魔力の上乗せですか?やったことないですけど試してみます」


 そう言うとエスカは水晶球に手を置いて魔力を注ぎ込んでいった。

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