第142話 梅干し作りの工程について


 梅干しの基本的な工程はこうだ。


・ヘタを取って洗い、アク抜きをする。


・アク抜きをした梅を塩と一緒に、アルコールなどでしっかりと消毒した容器などに入れて漬け込み、梅から梅酢を発生させ……梅酢がしっかり出たら、新鮮な赤シソを手に入れてよく洗った上で追加し、梅酢漬けにする。


・7・8月の良く晴れた日に梅酢から梅とシソを丁寧に取り出し、天日干しにする。

 天気予報をしっかり確認した上で、ここだというタイミングで実行し、3日続けて干すのが理想、場合によっては梅酢に一旦戻してから干し直す。


・干したものを食べやすい容器に入れて、梅酢もそこに入れれば完成、ようやく梅干しを食べることが出来る。


 で、この工程のどの段階でカビが発生するのかというと……今からやろうとしている塩と一緒に容器に入れて漬け込む、梅酢漬けの段階となる。


 壺に梅を入れて、塩をしっかりと塩分濃度を計った上で入れて、梅酢がよく出るように重しを置いて漬け込む訳だが……ちょっと塩が足りなかったり、梅酢の出があまかったり、壺や重しの消毒ができていないとあっさりとカビてしまう、本当にあっさりと、ちょっと見なかったうちにびっしりと壺の中がカビで汚染されてしまう。


 そうなったらもう終わりで……あるいはカビ毒にやられていない梅が中に残っているかもしれないのだが、その判断を素人ではやりようがないし、消毒の仕方も分からないので廃棄するしかなくなってしまう。


 塩分を多くしたならカビの発生確率を下げられるのだが、そうすると今度はしょっぱすぎて食べられないし、健康にもよくないし……かといって塩分を減らせばあっさりとカビにやられてしまうし……これが本当に難しい。


 そういった思いをすることなく簡単に梅干しを作るにはどうしたら良いのか。

 ハチミツや砂糖を使ったほんのり甘くて、カビやすい梅干しを作るにはどうしたら良いのか。


 最低最悪のカビ野郎からどうやって愛しの梅干しちゃんを守ったら良いのか。


 その答えは―――。


「―――冷蔵庫、という訳さ!

 冷蔵庫がない時代は壺なんかに入れて冷暗所に保管していたんだけど、冷蔵庫があるならその中に入れれば良いって訳だね!

 梅干しをカビさせてばっかりだった俺も、冷蔵庫で梅干しを作るようになったら全く、一度もカビさせなかったし……塩分を気軽に減らせるし、冷蔵庫の中なら日常の中で簡単に状態チェックできるしで……中身の確認のしやすい、透明半透明の容器やビニールパックを使うととっても良い感じだね」


 梅のアク抜きが終わった6時間後の……夕方の少し前。


 そんなことを言いながら俺が燻製などでも活躍してくれた、チャック付き調理パックを取り出すと……コン君はほへーとでも言い出しそうな顔をしてから……俺が調理パックと一緒に用意した調理に使っても問題のない、アルコールスプレーをじぃっと見やる。


「冷蔵庫ならカビないのに、それでもアルコールで消毒するの?」


 じぃっと見やりながらそんなことを言ってきて……俺はうんと頷きながらアルコールスプレーを手に取り、言葉を返す。


「もしかしたら消毒をしなくてもカビないのかもしれないけど……できるだけ確率は下げたいし、清潔にして悪いことはないからね。

 手と腕と、梅を掴むためのトングと、容器の種類によっては容器もしっかり消毒するよ。

 容器によってアルコールを使って良いか悪いかは違うから、そこはしっかりと説明書を確認しながらって感じだね」


「なるほどなー!

 オレも梅干し作るときにはしっかり消毒するようにするよ!」


 俺の言葉にそうコン君が返してきて、そんなコン君と一緒になって笑ってからスプレーを使って自分の腕や手を消毒していく。


 俺がそうしているとコン君も消毒したくなったのか、その小さな手をそっと差し出してきて……こくんと頷いた俺はコン君の手にさっとアルコールをかけてあげて……それが終わったなら道具の消毒をしっかりと行っていく。


 そうしたなら調理用パックを大きく開き、ボウルの中で水につけられている梅のことをトングでそっと掴み、水気を吹いたりはせずにトングごと振って水気を切るにとどめて……出来るだけ手早くぱっぱっとパックの中に梅を入れていく。


 コン君の手を消毒してあげたものの、今回ばかりはコン君には見学に徹してもらうことになった。

 天日干しの時なんかには手伝ってもらうことになるだろうけど……未だにカビの恐怖に怯えている俺としては、この一番カビが混入する可能性が高いだろう工程をさっさと終わらせてしまいたいので……申し訳ないのだけども、今回はコン君のお手伝いはなしだ。


 あるいは来年になってコン君がもう少し大きくなったなら、一緒に作業をしてもらうのもありかもしれないな……。


 なんてことを考えながらさっさと詰め込み作業を終えたなら、事前に量を計っておいた塩をどさりと入れる。


 そうしたならパックの中から空気を抜いて、抜きながらチャックを閉めていって……しっかりと閉じたならひとまずの作業完了だ。


「液漏れが不安ならパックを二重にしても良いね。

 それとシソを入れた後に、色を出すために梅酢の中でシソを揉むって工程があるんだけど、それもこのパックならこの状態のままやれちゃったりもするね。

 ……まぁ、それは邪道だからって嫌がる人もいるんだけど、楽だし悪くない方法だと思っているよ。

 後はこれを冷蔵庫にしまって……大体土用の日に干すのが良いともされているね」


 作業を無事に完了させたという安心感から、俺がほっとため息を吐き出しながらそう声を上げると……コン君は梅と塩入りパックへと近づいてきて、じぃっと見つめてちょいちょいとパックのことをつついてから、顔を上げて言葉を返してくる。


「ミクラにーちゃんが何度も何度も失敗したーって言ってたから梅干し作りってすごく大変なのかと思ったけど……思ったよりも簡単?」


「んー、まぁそうだね。

 冷蔵庫を使ってそれなりの味に作るのなら簡単、かな。

 カビにくいから塩の量もそこまでしっかり計る必要はないし、管理は楽だし……うん、簡単と言って良いだろうね。

 天日干しの工程まで進めれば低塩分でもカビなくなるし……そこまでの危険な工程を冷蔵庫を使って楽をする、という感じかな。

 ただ『美味しい梅干しを作る』となるとそう簡単にはいかなくて……一番良い塩分濃度を見極めたり、色々な味付けをしてみたり、砂糖やハチミツで甘くしてみたりと、色々な工夫があって大変で……長い伝統のある食べ物だけに難しくなっちゃうかもね」


「なるほどー!」


 俺の説明に対してそう返してきたコン君は、大きくこくりと頷いて……もう一度梅入りパックを見やり、つんつんとパックをつつく。


 そうしてからパックに向かって「美味しくなれよー!」なんて声を上げたコン君に笑った俺は……パックをそっと手に取り、冷蔵庫の一画……奥のほうに作っておいたスペースに、それをそっとしまい込むのだった。


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