第115話 結婚式のごちそう

 

 翌日、朝食後。


 花応院さんに俺の礼服のことを連絡し、ドレスも礼服も来週の月曜日に届くことになって……そうして俺は、来週には結婚式をやるというのに、なんとも穏やかで暇な日常を過ごしていた。


 こちらの結婚式は基本的に新郎新婦は受け身で、料理などは参加する親戚が用意してくれて……こちらの親戚の分を俺が用意する必要があるものの、それも料理などで良い訳で……門の向こうの一般的な結婚式をやるよりはうんと気楽で、考えることも少なくて良い。


 向こうの結婚式だったらやれ二人の馴れ初めだの、スピーチだのとあれこれとやらなきゃいけないことがあるんだろうけども、それも必要ない訳だからなぁ。


 料理を用意することに関しては普段とやっていることはそう変わらない訳で、以前にやった子供達と一緒に食べたぼたん鍋や、バーベキューと大差ない作業量なんだろうし……いや、テチさんの親戚達が用意してくれることを思えばその半分くらいの作業量で良いのかもしれない。


 ……うーん、本当に楽というかなんというか、門の向こうでもこのくらい気楽な結婚式があっても良いんじゃないかなぁ、なんてことを思ってしまう。


 ああ、でもあれだな、テチさんのご両親に確認して用意する料理が被らないようにしたりする必要はあるかもしれないな。


 同じような料理を何皿も出してもしょうがないし……ある程度の打ち合わせは必要か。


 テチさんが帰ってきたらそこら辺の確認をして、そうしてからあちらの家に連絡を取ってみるとしよう。


 ……確か、テチさんはウナギ料理がどうこうと言っていたっけ?

 ウナギ……ウナギか。


 ウナギを食べる時期というと8月の土用の丑の日というイメージがあるけども、実際の旬は秋な訳で、10~12月辺りが一番美味しいとされている。


 そして今は6月で……ウナギの旬にはまだまだ遠いというか、市場を見ても出回っていないんじゃないかという時期となっている。


 そんな時期にウナギを仕入れるとなると……養殖か去年のウナギを冷凍保存とかしているのかって話になる訳だけども……それとも、まさかのまさか獣ヶ森ではウナギまでが大量に、旬を無視して獲れちゃったりするのだろうか?


 扶桑の木の力なのか、土地柄なのか、貴重なキノコが大量に採れちゃったり、サクラマスとかが通常よりも大きく美味しく育っちゃったりする獣ヶ森。


 もしウナギもそうならば……季節外れの美味しい食事にありつけそうだけど、うぅん、どうなんだろうなぁ。


 ……そもそもだ、そんな風にウナギが獲れるのなら、それを門の向こうに売るという輸出産業が出来てしまいそうな気が……。

 いや、それを言うなら本シメジやサクラマスだって向こうに売れるようなクオリティだったような……。


 でもそんなことをしている気配は一切なく、大量の本シメジをくれた御衣縫さんもそんなことは言ってなかったし……もしかして輸出も検疫どうこうで規制されているんだろうか?


 ……い、いやいやいやいや!

 そもそも! そもそもだ!

 うちはその、獣ヶ森産の品を門の向こうに売る農家じゃないか、栗やクルミを売っている訳じゃないか!!

 

 ということはこちらの品を門の向こうに売っても全く問題ない訳で、そういうルートはしっかりとある訳で……そうなると、うん、俺が知らないだけで、何処かの誰かが本シメジなどの獣ヶ森の特産物を向こうに売っていたりするのかもしれないな。


 そうした特産物があり、扶桑の木があり……。

 思っていたよりも獣ヶ森は、経済力というか地力というか……自治区を守り抜くだけの力を持っているのかもしれないなぁ。


 なんてことを考えながらゆったりと、まったりと、いつものように家事をしていると……テテテテッとこちらに駆けてくる小さな足音が耳に飛び込んでくる。


 庭にテテテッと駆けてきて「きーたよ!」とそう声を上げて、洗面所に一直線。

 手洗いうがいを済ませたら、当たり前のように居間にちょこんと座ってテレビを付けて、俺の家事が終わるまで待機の体勢。


 俺も子供の頃はこんな感じだったのかなぁと思わせてくれるいつもの来客、コン君の姿を見ながら家事を進めていって……手早く終わらせたなら、俺もまた手を洗いうがいをし……お茶とお茶菓子を用意して居間へと向かう。


「いらっしゃい、お茶とお茶菓子だよ。

 あ、それと、来週のどこかで俺とテチさんの結婚式をすると思うから、コン君も皆と一緒にぜひ来てよ」


 そんなことを言いながらお茶とお茶菓子をちゃぶ台に置くと……それに手を伸ばしながらコン君が、いつもの笑顔を見せてくれる。


「おめでとう!!

 っていうか、オレ達も行ってもいーの? ねーちゃんと同じシマリス獣人だけども親戚じゃないよ? オレ達」


 いつもの笑顔でまず祝福の言葉をかけてくれて、そうしてからそんな疑問を投げかけてきて……そんなコン君に俺は、お茶菓子として用意した煎餅を齧りながら言葉を返す。


「うん、もちろんだよ。

 俺はまだここに来たばっかりで知り合いらしい知り合いもいないからね……。

 テチさんとご両親とレイさんと、それとコン君達だけで……向こうの友達とかを呼ぶ訳にもいかないからさ、美味しいご飯を用意するのでぜひとも来てくださいな」


「やったー!

 そっかー、結婚式かー、ミクラにーちゃんとテチねーちゃんと結婚式のごちそうかー……やっぱりウナギかなー」


 と、そんなことを言いながらコン君も煎餅を取って、両手でしっかりと持って……カリカリカリッとその前歯を小刻みに動かして、少しずつ煎餅を削り取るようにして食べていく。


「……結婚式のごちそうってウナギが定番なの?」


 そんなコン君に俺がそう問いかけると、コン君は煎餅を齧りながら答えを返してくる。


「んー、そういう訳じゃないけどね。

 テチねーちゃんちのおかーさんのウナギ料理は有名だからさー、結婚式なら多分食べられるんじゃないかなって!

 お祭りの時とかもごちそうしてくれてさ! すげー美味いんだよ!

 他のお家の結婚式だとー……丸焼きが多いかな?」


「丸焼き? 丸焼きっていうと……ブタとか?」


「ブタとかウシとか、ヒツジとかシカとかクマとかー……後はキジとか?

 キジはねー、すっごく美味しい鳥なんだよー」


「へぇー……それはまたバラエティに富んだ……ん? キジ? キジって確か……」


 確か食べちゃ駄目な鳥だったような?

 ……メスだけが駄目で、オスは良いんだっけ?


 なんてことを考えて俺が硬直していると……コン君が首をくいと傾げてくる。


 どうかしたのだろうか、何かあったのだろうか。


 そんな心配をしているらしいコン君に対し、慌てて笑顔を返した俺は、門の向こうでどうかは知らないが、ここは自治区の獣ヶ森なのだから、そこら辺のことは深く考えないことにしようと、そんな事を考えて……コン君に声をかける。


「丸焼きってことだけど……まさかそのまま丸焼きにする訳じゃないよね? 何かこう、調理とかはするんだよね?」


「え、あ、うん、そうだよ。

 レンガとかで竈を組んで、そこにお肉を置いたら、そのお腹の中にね、お米とか野菜とか調味料とか、あと果物も入れたりする。

 そしたらレンガを更に組んで全部覆って、火を入れてじっくり熱してく感じ!」


「へぇ、果物、果物かぁ。

 お米とお肉と一緒に熱した果物、か、ちょっと味の想像がつかないなー」


「甘くてお肉の味もいっぱいで、おいしーよ!

 なんかねー……甘いご飯の感じがこう、五目お稲荷さん食べてる感じ!」


 と、そんなことを言いながらコン君は目をぎゅっとぶつって笑顔になって……その笑顔を見ながら俺は、ウナギも良いけど、丸焼きの方も食べてみたいなと、そんなことを思うのだった。

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