第102話 カロリー
おかわりの肉ソバは飽きないようにと味変し、トマト入りのものにした。
つゆの味を少し変えて、トマトで酸味を足して、刻みワカメを振りまいたりして。
するとその試みは大成功となり、味変肉ソバはあっという間にテチさんとコン君の胃袋の中に消えていって……ほぼ同時に食べ終えた二人がふはぁと満足げなため息を吐き出す。
「……いやぁ、本当によく食べるよねぇ。
大きくて厄介な害虫と戦って疲れているのは分かるけど、それにしたって物凄い勢いで驚いちゃうよ。
っていうかテチさん、大丈夫? 太ったりしない?
ドレスが来て、入りませんでしたってなったらアレだよ?」
そんな二人の様子をお茶をすすりながら眺めていた俺がそんな言葉をかけると……テチさんとコン君は一瞬だけ何を言っているんだろう? とでも言いたげなそんな表情をする。
本当に一瞬だけそうしてからコン君は何故だかハッとした顔になり、そしてテチさんは「ああ、そうだったな」なんてことを口にしてから頷いて……湯呑みを片手に持ちながら言葉を返してくる。
「実椋にはまだそこら辺のことを話していなかったが、私達獣人はこの程度の食事で太ったりはしないぞ。
何故かと言えば私達は人間よりも身体能力に優れていて、優れている分だけ基礎を含めた代謝……カロリー消費が多いんだよ。
分かりやすい所で言うと……以前燻製肉を食べにきた熊の獣人達、彼らは熊と大差ない力と体力を有している訳だが、そんな彼らが人間と同じ食事をしていたらどうなるってしまうのかは、想像がつくだろ?
あっという間に痩せてしまって、そのままでいれば命を落としてしまうことだろう。
そもそも人間だって体を動かしたら動かしただけ食事をしなければどんどんと痩せてしまって、いつかは命を失ってしまうものだろう?
そういう訳で私達獣人は基本的に大食らいで……特にコンのような子供達は、日々体が成長していることもあって、必要なカロリーはかなりの量となっているな」
そう説明を終えてテチさんは湯呑みの中のお茶をがぶりと飲んで……その光景を見ながら俺は「あー……」と声を漏らす。
すっかりと忘れていたというかなんというか、俺とテチさんは……人間と獣人はそもそもその身体の構造からして違う訳で、身体能力も別物というくらいに違う訳で、その維持のために相応のカロリーが必要になるのは当然の話だろう。
昔の日本人が小柄だったのも、細かい栄養素がどうとかじゃなくて極々単純なカロリー不足が理由という説もあるらしいし……体が資本となる仕事をしている人や、プロアスリートがカロリー不足の食事をしていたなら、あっという間に倒れてしまうことだろう。
「あれ……そうすると今まで俺が作っていた食事って、結構なカロリー不足だったりした?」
そう考えて、そんなことに今更気付いた俺がそう言うと……テチさんとコン君はまるで『そこに気付いてしまったかー』とでも言いたげな、なんとも言えない笑顔になりながらポケットから細長い小さな袋を取り出す。
「わぁ、チョコバーじゃん。
しかもナッツ入りの高カロリーなやつ。
そういえばたまにそれをおやつに食べている所を見かけたけど……もしかして二人共、毎日結構な数食べてたりした?」
それを見るなり俺がそう言うと、テチさんは部屋の片隅にかけてあった肩掛け鞄の中から何本ものチョコバーを取り出し、コン君も仕事道具なんかを入れている背負鞄からチョコバーを同じくらいの数取り出し、こちらに見せてくる。
最近では低カロリーのチョコバーも出てきたけども、基本的にナッツ入りチョコバーというのはカロリーが高いもので……それでいてかさばらず軽いものだから、登山をする人や軍隊なんかでも美味しいカロリー源として重宝されているらしい。
まさかそんなものをわざわざ食べていたとは……俺が無知なせいで二人にそんな無理をさせていたとは……。
……んん? いや、しかしそうならもっと早く、カロリーが足りないとそう言ってくれれば良いだけのことで、何故今日の今日まで黙っていたんだ?
俺が二人の食事を作るようになったのは、昨日今日の話じゃぁないんだし……。
もしかして……。
「テチさん、コン君、もしかして二人ってチョコが大好きだったりする?
そして俺のカロリー低めの食事を言い訳にして、チョコ食べ放題だーとか、そんなこと考えちゃってたりする?
なんならそれ以外にもチョコ菓子をたくさん隠し持ってて、事あるごとに食べてたりする?」
俺のそんな言葉を受けて二人は、同時に「ばれたか!」なんてことを言って、カラカラと大きな笑い声を上げ始める。
最初は俺を気遣ってのことだったらしい。
俺がまだまだこちらの生活に不慣れな間は、余計なことは言わずにそうしておいて、機を見てカロリーの話をするつもりだったらしい。
だけれども好きな時に好きなだけチョコバーなどのチョコ菓子を食べられる生活というのは中々悪くないもので、そのうち例の事件があってそれなりの大金が手に入ることになって、尚のこと遠慮せずにチョコ菓子が食べられるようになって……。
いつしかそんなチョコ菓子食べ放題生活が当たり前になっていた二人は、いつか俺が気付くまで、その甘くて美味しい生活を続けてしまおうと、そんなことを思いついてしまったとのことだ。
「……いや、まぁ、うん、そのことに気付かなかった俺が悪かったというか、今までの大食いとか、バーベキューの時のコン君の食べっぷりとか、気付けるヒントは十分にあった訳だから文句は言わないけども……うん、それならそうと早く言って欲しかったヨ?」
笑いながらの二人の説明を受けて俺がそう返すと、二人は更にカラカラと楽しそうに笑って……俺は仕方ないなぁと、そんな意味を込めたため息を吐き出す。
そうしてからスマホを取り出し、カロリー管理アプリをダウンロードして起動し……普通体型の成人男性の数倍のカロリー摂取を目標値とする。
「……まぁ、そういうことなら今後は二人のご飯はカロリー多めにしていくとするよ。
いつまでも大量のチョコを食べ続けるっていうのも体に悪いんだろうし、絶対に食べるなとまでは言わないけど、今後は量を減らしていくようにね?」
アプリを見てどんなメニューにしたら良いかを確認しながら俺がそう言うと……意外にも素直に二人は「わかった」「はーい」と返してくる。
そんな二人の表情はいたずらに成功した子供って感じのものになっていて……その表情を見ながら俺は、俺も今度何か……笑えるいたずらをしかけてやろうと、そんなことを決意するのだった。
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