第80話 御衣縫さんの保存食


 何はともあれと、タヌキの御衣縫さんに居間へと上がってもらって、余っていた材料でおにぎりを用意してお出しすると、御衣縫さんはぬいぐるみのような手でおにぎりを鷲掴みにしながらむしゃむしゃと食べて……、


「ほほう……こりゃぁまた、うんまいおむすびだなぁ」


 と、満面の笑みでそんな感想を口にしてくれた。


 その姿は本当にぬいぐるみのように愛らしくて、外見だけなら今すぐにでも撫でたい程なのだけど……その仕草が、動きの一つ一つがどうにもこうにもおじさん臭くて、せっかくの愛らしさを中和してしまっている。


 いや、中和に留まらずおじさん臭さでがっつり上書きまでしてしまっていて……傍目には本当にぬいぐるみなのに、ぬいぐるみを着込んだ小さなおじさんがそこにいるように思えて仕方ない。


「いやぁ、うちのかみさんが作ってくれたのも美味いが、こいつも中々どうして悪くないな。

 味噌汁とたくあん付きってのもなんとも粋じゃないか」


 更に御衣縫さんはそんな事を言ってきて……食後のお茶をすすっていた俺は驚きながら言葉を返す。


「お、奥さんがいらっしゃるんですね」


「おうよ、オイラにはもったいない器量よしでな、料理の方も店を出せるんじゃないかってくらいに達者なんだよ。

 ……そろそろこっちに来るはずだから、その時に紹介してやるさ」


 奥さんも来ちゃうのか!? とか、どんな奥さんが来るんだろう? とか、そんなことをあれこれと考えていると……玄関の方から、


「ごめんくださーい」


 と、なんとも綺麗に響く女性の声が聞こえてくる。


「はーい、今出ます」


 そう言って立ち上がり……タイミングからしてぬいぐるみのような奥さんがやってきたのかなと、そんなことを思いながら玄関に向かい、戸を開けると……そこにいたのはまさかのまさか、予想外の綺麗な黒髪を頭の後ろでまとめ上げた、大きめの紙袋を持った割烹着姿の美人さんだった。


 切れ長の黒目、短めの黒眉、恐らく20代、頭の上にはちょこんとタヌキの耳が乗っかっており、背後では垂れたタヌキ尻尾がゆらゆらと揺れていて……どうやらタヌキの獣人さんであるようだ。


「私は御衣縫という者なのですけど、こちらは森谷さんのお宅で間違いないでしょうか?」


 丁寧な所作で頭を下げて、透き通る声でそう言ってきて……俺は内心で唖然としながらもどうにか平然を装い、


「はい、そうです。

 旦那さんも先程いらっしゃいましたよ、居間にいらっしゃるのでどうぞお上がりください」


 と、そう返して奥さんを居間まで案内する。


 するとコン君がささっと、御衣縫の旦那さんの隣にもう一枚の座布団を用意して、そこに座りながらコン君にお礼を言った奥さんは……紙袋の中から何個かの中身入りレジ袋を取り出して、ちゃぶ台の旦那さんの前にそれらを並べていく。


 そんな奥さんのことを見やりながら、奥さんは普通の獣人さんなんだなぁとそんなことを考えていると、隣の席に座ったテチさんが、ちゃぶ台の下で俺の足をちょいちょいと突いてから、小さな声で囁いてくる。


(御衣縫さんみたいな人は珍しいと言ったろう?

 奥さんまでそういう人というのはまずありえないことでなんだ。

 ちなみに恋愛結婚で夫婦仲は物凄く良いと評判のご夫婦だ)


 その囁き声を受けて、目だけで頷き『なるほど』とテチさんに伝えていると……おにぎりを食べ終えた御衣縫さんが声をかけてくる。


「うちのかみさんの御衣縫けぇこだ、よろしくしてやってくれ。

 で、この袋はオイラが作った保存食でな……ま、お近付きの印か、おむすびのお礼と思って受け取ってくれや」


 御衣縫さんがそう言うと、奥さんがすっと袋をこちらに押してきて……俺はお礼を言いながらそれらを受け取り、御衣縫さんに許可をとった上で中に何が入っているかの確認をする。


 袋は三つで、一つはサクラマスの干物で、一つは干し椎茸で……もう一つは見慣れないキノコを干したものが入っている。


「オイラは干物とか乾物の保存食を作るのが好きでなぁ、それらは特に美味くできた自信作どもよ。

 見ての通りサクラマスの干物と、干し椎茸と、それと干し本シメジ……食べ方についてはいちいち説明しなくても良いよな?」


「ほ!? 本シメジ!?」


 御衣縫さんの言葉の後に俺は思わずそんな声を上げてしまう。


 スーパーとかで売っているブナシメジとは全くの別物……『匂い松茸、味シメジ』と言われる程に味が良く、結構な値段のする高級品だ。


 少し前に人工栽培法が確立されたとかで、養殖物が出回るようにはなってきたが、それでもお高いもので……天然物となれば段違いの値段になってくる。


 すまし汁、キノコご飯、ただ焼くだけでも抜群に美味しく……パスタやシチューなんかにしても美味しい。


 そんな高級品をまさか干してしまうなんて……と、俺が驚いていると、御衣縫さんはあっけらかんとした態度で言葉を返してくる。


「なんでぇなんでぇ、突然素っ頓狂な声をあげやがって。

 確かに本シメジは美味いもんだが、そこまで喜ぶこたぁねぇじゃねぇか。

 そんなに好きならよ、秋になりゃぁうちの裏山に行けば腐るほど生えてるからよ、採りたてのを持ってきてやるよ」


 そう言って御衣縫さんは笑顔を見せてきてからからと笑い……それから自分の保存食歴についてを語り始める。


 テレビで見たシイタケの栽培をなんとなくでやってみたら山程取れて、食べても食べても知り合いに配っても無くならなくて、ならばと干してみたらこれが美味しくて、それから暇を見つけては色々なものを干すようになった。


 そんな中でも特に美味しく出来たのが、今日持ってきた三種類で……この辺りで一番人気なのは、まさかの色々な料理に使えるという理由で干し椎茸なんだそうだ。


 両手を使っての身振り手振りで、顎をくいと上げながら語るその様は、なんとも楽しそうでなんとも自慢げで……俺という語り合える仲間が出来て嬉しくてたまらないのか、何処までも何処までも語り続ける。


 そんな御衣縫さんの隣で奥さんは、そうする御衣縫さんのことが好きなのだろう、うっとりとしながら頬を赤らめながらじっと御衣縫さんの見つめていて……話の流れで御衣縫さんが「なぁ、あれ美味かったよな?」「良い出来だったよな?」「お前も美味しいって言ってたもんな」なんて声をかけると、笑顔を弾けさせながら声を弾ませながら「はい! はい!」と相槌を返していく。


 そうして存分に語り終えた御衣縫さんは、話の最後に「あ、そうだ」とそう言ってから、俺に視線を向けて話題を振ってくる。


「そういやアンタ、あれだろ、腸詰め肉や缶詰を今度作ろうとしてるんだろ?

 あるれいから聞いたぜ。

 そんならよ、腸詰め肉にこの干し本シメジを上手く使うと良い、細切れにして詰めてやれば良い食感になるだろうし……これで中々どうして、肉とも相性の良い味でな、おすすめだぜ」


 そう言って御衣縫さんはカラカラと笑い……そして俺は、昔食べた本シメジの味を思い出しながら、どんな肉が合うだろうかと、どんなレシピにするべきかと、頭の中であれこれと考えていくのだった。

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