第79話 おにぎりと……


 それから何日かが過ぎて……土曜日。


 休日ということで、お昼はテチさんとコン君も揃って食べることになり……スーパーにて良いサクラマスと良いタラコが手に入ったのもあって俺は、美味しいおにぎりを作ろうと準備を進めていた。


 ご飯は炊きたて、塩もちょっと良いのを使って、海苔は缶入りの高級品。

 その中に焼きたてのサクラマスと、半生焼き立てのタラコが入っていたならもう最高で、熱い味噌汁とたくあんと一緒に食べたら、おにぎりとは思えない満足感を味わう事ができるのだ。


「……なんかこう、このサクラマス。

 随分と大きいよね……? 脂も乗っているし、昔食べたビワマスにそっくりだなぁ」


 台所にてそんなことを言いながらサクラマスを捌いていると、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出していたテチさんが言葉を返してくる。


「ビワマス? なんだそれは?」


「琵琶湖の固有種のサクラマスでね、普通のサクラマスよりも大きくて脂が乗っていて、とっても美味しい高級魚なんだよ」


「ふぅん? まぁ、この辺りで手に入るサクラマスは大体、そんな感じの大きさだな」


「普通のサクラマスはもう旬が終わっているくらいなんだけど……ここら辺では、今が旬なの?」


「旬とかはあまり気にしたことはないが……そうだな、大体今くらいの時期に出てくるものだな」


 なんて会話をしながら……ここら辺はイノシシと言いサクラマスと言い大きく育つもんなんだなぁと、そんなことを考えながらサクラマスの切り身を一口大に捌き終えたなら、コンロの魚焼き器に入れて火を付けて……手を洗って次はタラコを適当な大きさに切ってからオーブントースターで軽く焼く。


 アルミホイルの上に置いて、火が通り過ぎないようにしっかりと見張って……半生程度に火が通ったなら即回収。


 回収したならお皿の上に置いて、サクラマスも焼け次第にお皿の上に。


 そうしたなら手をさっと氷水で冷やして、手を振って水気を切ってから、あつあつの白米を火傷しないようにホイホイと、放り投げるというか、空中で転がすというか……ずっと握り続けないように気をつけながらさっと形を整えて、サクラマスやタラコを中に入れて、今度はしっかりと形を整えておにぎりにしたなら……塩をひとつまみ振ってからお高いパリパリの海苔で包み込む。


 冷めてしまわないようにさっささっさと作っていって……サクラマスのおにぎりとタラコのおにぎりを一つずつで三人分、合計6個作ったなら、お皿に乗せて居間へと運んでいく。


 後は事前に温めておいた味噌汁をよそって、たくあんを小皿に盛り付けて……テチさんとコン君に声をかけて、ちゃぶ台を囲う形でのいつもの席に腰を下ろす。


『いただきます!』


 三人で声を合わせてそう挨拶をしたなら早速おにぎりを掴み取り……海苔の香りと炊きたてのお米の香りを堪能しながらおにぎりを口いっぱいに頬張る。


 海苔の味とお米の味、噛めば噛むほど美味しくなるそれらの味を堪能しているうちに、その中央に隠れていたサクラマスの脂の乗った身がその強い風味と味を伝えてきて……ただただ美味いとしか思えない味が口の中に広がる。


 そうやって最高のおにぎりの味を堪能していると……一口目を飲み下したテチさんが声をかけてくる。


「……おにぎりってこんなにも美味しいものなんだな。

 いや、不味いものと思ってた訳じゃないんだが、特別美味しいものとも思ってなくてな……。

 それがまさか出来たてというだけでここまで変わるとは……」


「お弁当のおにぎりもコンビニとかのも、出来たてって訳にはいかないからねぇ。

 良い具材と良い海苔を準備して、炊きたてのご飯で熱いのを我慢しながら作ればこの通り、驚く程に美味しいおにぎりの出来上がりって訳だね。

 月に1・2回は旬の食材で食べたくなっちゃうんだよねぇ、おにぎり」


 そう俺が言葉を返すと、テチさんは無言で味噌汁をすすってたくあんを齧って、また手の中のおにぎりを食べ始める。


 俺もまたサクラマスのおにぎりを食べきって……半生タラコのおにぎりへと手を伸ばす。


 梅干しもおかかも、鮭やサクラマスも良いのだけど、質の良いタラコを半生にするともう最高で……焼くことで強まったタラコの風味と塩味と、その食感を堪能しながらもぐもぐと、夢中で口を動かしていく。


 そうやっておにぎりを食べ終えたなら味噌汁をすすって口の中を一旦リセットして……たくあんを齧り、お米でいっぱいになったお腹を撫でながら満足感でいっぱいのため息を吐き出す。


「おー、美味そうなもん食ってんじゃねぇか。

 いいねぇいいねぇ、オイラも一ついただきたいもんだねぇ」


 そうやって穏やかなランチタイムを過ごしていると、突然縁側の方から声がしてくる。


 声としては中年くらいの男性というか、酒やけした声というか、そんな感じの声で……そちらへと視線をやると、コン君よりは大きいけれども人から見れば小さい、藍色の作務衣を着たタヌキがちょこんと片膝を立てながら座っていた。


 顔も作務衣から覗く手足もタヌキで、しっかりと体毛があって、その背後ではいかにもタヌキな尻尾がゆらゆら揺れて……。


 服を着ていることから察すると獣人なんだろうけども、獣の姿ということは子供ということで……?

 いや、しかし子供にしては声が偉く老けているというか、なんというか……縁側への腰の掛け方というか、態度というか……仕草一つを取ってもどうにもおじさん臭い。


 見た目としてはコン君達のように凄く凄く、たまらない程に可愛いはずなのに……どういう訳か本能というか心の中の何かがその姿を可愛いとは思ってくれない。


 そんな風に俺がタヌキを見やっていると、そんなタヌキにテチさんが、


「ああ、どうも、お久しぶりです」


 と、声をかけて続いてコン君が、


「おじさん! ひさしぶりー!」


 と、声をかける。


 ……テチさんが敬語で挨拶をして、コン君がおじさんと読んで、でも姿は子供のはずの獣の姿で。


 一体何が何やらと俺が混乱してしまっていると、それに気付いたらしいテチさんが声をかけてくる。


「あ、ああ、すまない、実椋には説明をしていなかったな。

 極々稀にだが、大人になってもあんな風に子供の頃の姿のまま、体毛も体格も顔付きもそのままの人がいるんだ。

 説明を忘れるくらいには稀なことで……どのくらい稀かというと10万人に1人とかのレベルだろうな。

 そしてそういう人は獣の血が濃い特別な人ということで、尊敬されたり特別視されたりしてな、こちらの御衣縫(おいぬ)さんは近くの神社で神主さんをなさっていて……それと、うちの兄のあるれいの友人でもあるんだ」


 タヌキなのにおいぬさんとは、なんとも面白いことになっているなぁと驚きの中で小さく笑った俺は……最後のレイさんの友人という部分でまたも驚くことになる。


 レイさんの友人ということは……つまり?


「おう、あるれいの紹介で遊びにきてやった御衣縫つるけし、だ。

 御衣縫さんでもツルさんでも好きに呼べば良い」


 タヌキなのに犬やら鶴やら、親御さんもややこしい名前をつけたもんだなぁと、そんなことを思いながらも俺は、保存食仲間となるツルさんに「はじめまして」とそう声をかけて、自己紹介をするのだった。

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