第66話 夕暮れの二人
夕方。
ジャーキーを詰め込んだ保存袋を、まるで宝物をそうするかのように両手で大事そうに抱えたコン君が、満面の笑みでのスキップをしながら自宅へと帰っていって……それと入れ替えになる形でテチさんが畑から帰ってくる。
帰ってきたなら手洗いなどをして気軽なジャージに着替えて、居間で俺が淹れたお茶を飲みながら一息ついて……そうして俺とテチさんはお互いに今日何があったかを話していく。
テチさんの報告はいつも通り特に問題無しで、俺の報告はビーフジャーキー作りについてで……その話を聞くなりテチさんは立ち上がって冷蔵庫の前まで向かい、冷蔵庫のドアを開けて中を確認して……そうして冷えた缶ビールと冷やしておいたコップと、テーブル上のジャーキーを手にとってニコニコ笑顔で居間へと戻ってくる。
「なんで私がビーフジャーキーが好きなのか、疑問だったようだが、言ってしまうと特に理由は無いんだ。
子供の頃からただ好きだったとしか言えなくてな……イカの塩辛とかカラスミとかジャーキーとかが無性に好きだったんだよ。
それでもあえて理由を探すなら……そうだな、お母さんもそういったメニューが大好きで、よく買ったり作ってくれたりしていたっていうのが理由になるかもな」
そんなことを言いながら座布団の上に座って、間を置かずにビールの蓋をカシュッと開けてコップに注いで……これまた良い笑顔でビールを飲んでジャーキーを頬張り始める。
「ふーむ、確かに少し味が薄いような気もするが……これはこれで全然ありなんじゃないか?
それより気になるのは柔らかいことかな、私はこう、噛み切れないくらい固いのが好きでな、筋張っていてガムみたいにいくらでも噛めるようなのもアリなくらいだからな。
お母さんが買ってきたジャーキーの中に一つはそういうのがあってな、それを真っ先に取ってテレビなんかを見ながらいつまでも噛んでいたものだよ」
更にそんな言葉を続けてきて……俺は嬉しそうにビールを飲み、美味しそうにジャーキーを食むテチさんの横顔を見つめながら言葉を返す。
「硬さならまぁ、オーブンの火力を強めれば調整できるけども……なんか話を聞いていて気になったんだけど、テチさんのお母さんってそんなにジャーキーとか塩辛とかを用意してくれる人だったの?
子供のおやつとかおかずにしては随分と渋いラインナップだけども……もしかしてテチさんのお母さんって結構飲む人?」
「ん、そうだな、飲むほうだな。
夕方5時までは飲まないってルールを決めていて、5時を過ぎたら飲み始めて……そのせいで夕飯の味付けがよく乱れていたな。
以前近所に先払いで安酒飲み放題なんてサービスをやっていた店があったんだが、お母さんがそれを見つけてよく行くようになったら、あっという間にそのサービスをやめてしまったりしたな」
「それは……かなり飲む方なんだね。
それでジャーキーとかの酒の肴がよく食卓に並んだ、と……」
そんな言葉を返した俺は……以前テチさんのご両親と会った時に気になっていた、いつか聞こうと思っていた話題を、テチさんの様子を伺いながら切り出す。
「そう言えばテチさん、ご両親が、こう……なんていうか、テチさんの結婚を急いでいたような感じがしたんだけど、何か理由があったりするの?」
するとテチさんは気にした様子もなく事も無げにさらりと答えを返してくる。
「ああ、それは私が売れ残りだったからだろうな」
その言葉は決してさらりと言うようなことではなくて、結構な爆弾発言で……俺が驚きながらどう返したものかと困っていると、テチさんはそんな俺の様子に気付いてカラカラと笑いながら言葉を続けてくる。
「あっはっは、そんな気にするようなことじゃない、この森ではよくあることなんだ。
結婚相手になるような連中は皆、コン達みたいに子供の頃から一緒に働いていてな、大人になるまでのほとんどの時間を一緒に過ごすことになるんだが……大体の場合はそこで相手を見つけてしまうんだよ。
子供達がそのつもりはなくても、仲の良い親達が一緒に遊ばせたり一緒に旅行に連れていったりして、そうなるように仕組んだりしてな。
……で、私の場合は気が強くて酒にも強くて、ついでに棒を振るえば負け知らず。
子供の頃からそんな調子だったせいで、相手になるような男連中が尻込みしてしまったという訳だ。
森の奥の方には人間である富保の下で働いていたことをよく思わない連中もいたし……まぁ、それでもそのうち適当な相手が見つかるだろうと、私は気にしていなかったんだが、両親はずっと気にしていたようで、それであんな態度になったらしい」
そう言ってテチさんはコップを煽り、その中身を一気に飲み干す。
テチさんは飲兵衛という感じではなく、飲んだとしても適量……このくらいならば軽い晩酌程度だろうって量を飲む人だ。
それでもおめでたいこと席や花見の席なんかではハメを外して飲むことがあるそうで……他の人が酔いつぶれるような量を飲んでも頬が赤らむ程度で済んでしまうらしい。
その上お母さんは飲み放題サービスを潰してしまう程の酒豪で、そんなことをやっていれば当然その酒豪っぷりは周囲に知れ渡っている訳で……テチさんはそこまで飲む人じゃないというのに、ある意味での風評被害を受けていたと、そういうことらしい。
「なるほど……そんなことがあったんだね。
……まぁ、うん、俺は体調崩す程じゃなければ気にしないし、お酒は好きに飲んでくれて構わないよ?」
俺がそう言うとテチさんは満面の笑みを浮かべて……縁側の向こう、庭へと視線をやりながら言葉を返してくる。
「安心しろ、私は酒に強いというだけでそこまでは飲まないからな。
ただ酒の肴になるような食べ物が大好きだから、そういうのが食卓に並ぶと嬉しいかな。
子供の頃、皆がハンバーグやカレーが好きと言う中、イカの塩辛が大好きなんてことを言うと笑われるか引かれるかのどちらかだったが……美味いんだぞ? イカの塩辛。
あつあつの白米の上に乗せて一緒に口の中に送り込んで……イカの歯ごたえと塩辛のあのたまらない味と、白米の甘さ堪能する……うん、本当にあの組み合わせは最高なんだ。
他にも良いじゃがいもを
「あー……それは、うん、分かるよ、たまらなく美味しいだろうねぇ。
炊きたてのご飯とふかしたてのじゃがいもでそんなことをしちゃうなんてのは最高の贅沢だからねぇ。
……イカの塩辛なら何度か作ったことがあるから、今度良いイカが手に入ったら作ってみることにしよっか。
蒸しじゃがいもは……北海道の良い新じゃがが出たらやってみようかな?
北海道のは確か……7月くらいに出てくるんだっけ」
庭の方を見たままのテチさんにそう声をかけるとテチさんは、庭の方を見たまま、何も言わずにスススと座布団をずらして、こちらに近づいてくる。
そうしてすぐ隣に寄り添うような形となったテチさんは、視線を戻し……こちらを見るのは照れくさいのかテーブルのことをじっと見やり、
「うん」
と、そう言って小さく頷き、頬をほんのりと赤く染めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます