第39話 夕食後の光景


 昼食を終えて、午後はゆったりと家事をして過ごし……そうして夕食を終えたなら、お風呂の時間となる。


 風呂はまず俺から。

 湯を沸かしてさっと入ったなら、次はテチさんとコン君の番になる。


 コン君はまだ一人では風呂に入れないというか、その毛だらけの全身を綺麗に洗う事は出来ず、テチさんの手を借りる必要がある。


 その程度のことなら俺がやっても良いのでは? とも思ったけれども俺は獣人の毛の扱いを知らないというか、自分の髪の毛ですらシャンプーとリンスをしておけば良いだろう程度にしか思っていない人間なので、そんな程度では他人の毛をどうこうする権利が無い……らしい。


 大人の女性と男の子が一緒にお風呂に入ることに関しては、体毛が全身を覆っているうちはまだまだ子供、子供が母親と銭湯の女湯に入るような感覚になるようだ。


 コン君もまたテチさんとお風呂に入ることを、いつもと違うちょっとワクワクすること程度にしか捉えておらず……そういう事であれば、まぁ問題無いのだろう。


 実際風呂の中ではテチさんがコン君の体毛を丁寧に洗ったり、整えたりしていて……なんだか色々な道具を使ったりしていて……お風呂から上がった後も、居間でテチさんはコン君の全身を、コン君はテチさんの尻尾を丁寧に手入れしていて……その手慣れた様子は獣人だからこそ、なのだろうなぁ。


「ちなみにだが私達の尻尾は強く引っ張ると抜けてしまうんだ。

 トカゲの尻尾のよう……なんて風に言われることもあるが、トカゲと違って一度抜けてしまったなら二度と生えてくることはない。

 これは獣人に限らず、そこらにいるシマリスも同様だな。

 こうしたこともあって私達の尻尾は丁寧に扱う必要があり……扱うにはそれなりの知識と技術が必要となってくるんだ」


 コン君からの尻尾の手入れを受けながらテチさんがそう言ってきて……俺は驚きながら言葉を返す。


「シマリスの尻尾が抜けてしまうなんてのは初めて聞いたなぁ……。

 もし仮に抜けてしまっても……その、生活に支障は無いのかな?」


「もちろんある。

 子供の頃であれば木登りの際のバランスが取りづらくなるし……棒を扱う時にも影響してきてしまう。

 大人になったらなったで恋愛や結婚の際に、その見た目を理由にかなり不利になるだろうな。

 勿論事故などで不本意な形で尻尾を失うこともある訳だが……それでも、だ。

 そのために義尻尾なんてものも作られていたりする……が、まぁひと目見れば分かってしまうものだからな、中々難しい所だ。

 以前にも言ったが、生まれつきの血の気まぐれというか、成長の過程で尻尾や耳を失ってしまう者も居てな……そういった者達はかなりの苦労をしているようだ。

 中には人と変わらない見た目だからと、門のあちら側に行こうとする者も居るようだが……結局体に流れている血や遺伝子は獣人のものだからな、それも上手くはいかないらしい」


「……なる、ほど」


 厳しい現実というかなんというか……様々な姿形をしている獣人達の中でも、色々な視点というか……差別のようなものがあるようだ。


 そうなると混血とかは更に複雑な問題になってしまいそうで……以前に聞いた病気と薬の問題のことも考えると獣人で居るというのも、中々大変なことであるようだ。


 テチさん達やタケさんのような人間にはない身体能力は素直に羨ましい部分なのだけど……なんともままならないものだなぁ。


「せめて病気の問題だけでも解決すると……向こうとの行き来が楽になって、色々便利になって……新しい生き方が出来るかもしれないのになぁ」


 俺がそう言うとテチさんは首を左右に振って……諦めたような表情をする。


「人でもあり獣でもある獣人は両者から様々な病気を貰う可能性がある……が、その研究は誰もしてくれない。

 研究のためなら多少の実験をしたり血を分けたりはなんでもないが……薬の研究は膨大な時間と費用がかかるからな、どこの製薬会社もやってくれないんだ。

 獣人はやたらと多種多様な上に、各種族ごとの数がどうしても少ないからな……そんな薬を作っても採算が取れない、儲からないという訳だ。俗に言うところの顧みられない病気というやつだな」


 顧みられない……?

 ……ああ、そう言えば海外出張の経験がある先輩が確かそんなことを言っていたような……。

 貧困地域特有の病気は儲からないからと、どこの製薬会社も研究してくれないとかいう、そんな話だったかな?


 更に続いたテチさんの説明によると、そういった理由で獣人の病気や薬の研究は獣人達が自らの手でやるしかなく、森の中にあるという研究施設でそれなりに進んではいるらしいが……資金やその他諸々のものが足りず、中々上手くはいっていないらしい。


 獣人は世界各地に居るとは言え、何処もこの自治区のような状態になっているらしいし……。

 その上海外の獣人は日本の獣人とは全く違う姿をしているらしいし……うぅむ、なんとも難しい話だなぁ。


「―――ま、暗い話はここまでにしよう。

 そろそろコンの寝る時間だしな」


 と、俺があれこれと考えているとテチさんがそう言ってきて……全身の毛を艷やかにしたコン君が、畳に寝転がり両手足をじたばたとさせながら、


「えーー! まだねむくなーーい!

 ミクラにーちゃんともっとはなしたーーい!!」


 と、そんな声を上げる。


 するとテチさんはわしゃわしゃとコン君のお腹を撫で始めて、コン君はきゃっきゃと声を上げながら笑い、喜び……段々とその撫で方が優しく穏やかになっていって……コン君はその撫で方にやられてしまったのか、眠そうに目をパチパチとし始め……ゆっくりと閉じていって……すやすやと眠り始めてしまう。


「ふっ……まだまだ子供だな」


 その姿を見て小さく笑い、小さな声でそう言ったたなら両手でそっとコン君を抱き上げて……そのまま台所から東側にある客間へと向かう。


 テチさんとコン君はその客間で寝ていて、俺は西側にある寝室で寝ていて……これもまた、獣人だからこその配慮というか事情というか、まぁそんな感じのやつだ。


 まぁ、まさか一緒の部屋で眠れるとも思っていなかったし、あれこれ言うことではない。


 ……むしろ湯上がり美人なテチさんを見られて役得というかなんというか……そんなことを思う毎日だったりするし、一人暮らしの頃を思えば寂しさがうんと紛れてくれるのだから全くもって言うことなしというやつだ。


 ……さて、明日はどんな朝食昼食夕食を作ろうかなとそんなことを考えながら……俺もまた寝室へと向かうのだった。

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