第33話 襲来
お皿に持った燻製肉を綺麗に食べあげて……ビールと牛乳をそれなりの量を飲んで。
美味しいをたっぷりと堪能し、3人でテレビを見ながらワイワイと盛り上がって……そこですっかりと空が暗くなっていることに気付いた俺が声を上げる。
「ああ、もうこんな時間か……そろそろコン君をお家に帰さないといけないかな?」
するとテチさんがタンスの上の置き時計を見てから……「確かに良い時間だな」と呟く。
するとコン君が頬をいっぱいに膨らませて……リスらしくぷっくりと大きく膨らませて不満を表明してくるが、親御さんを心配させる訳にもいかない。
もうすっかり暗くなってしまったし、俺とテチさんで家まで送ろうかとそう言って立ち上がった時……コン君が耳をピンと立ち上げてテテテッと縁側の方へと駆けていく。
「……え? なんで?」
縁側に立って外へと耳を向けたコン君が口にしたのはそんな声だった。
何かが起きていることを察して不安に思いながらも……子供だからかどうしてそんなことになっているのかが理解出来ないという、訳が分からないというそんな声。
それを受けてテチさんは、すぐに立ち上がり駆け出して……縁側から外に出てしゃがんで、縁側の下を覗き込み……いつのまにそんなものを隠していたのか『棒』を縁側の下から引っ張り出す。
まずは自分の分を一本、次に短めのコン君用と思われるものを一本……そして最後に俺の分らしいもう一本。
テチさんがそれらを縁側に置くと、コン君は何も言わずにそれを掴んで持ち上げて……俺もまた駆け寄り手を伸ばし、棒を手に取る。
今日までの暇な時間や何かの合間に、自衛の手段はあった方が良いと、少しは運動をした方が良いと、テチさんとコン君に棒の使い方を習っていた俺は……それを恐る恐る構えてから……コン君の方を見やる。
するとコン君は耳を立てながら門の方をじっと見つめていて……「もうちょっとで来る」と、そんなことを呟く。
一体何が来るのか?
……獣というのは考えにくいだろう、来るにしても門の方からではなく森の方から来るはずだ。
獣では無いなら何が……となると、人間ということになるのだろうが……こんな時間に事前連絡もなしに一体誰が来るというのか?
そんな事を考えながら俺とコン君は縁側で構えながら警戒し、テチさんはブーツをしっかりと履いてから庭に立って警戒し……そうして短いようで長い、なんとも言えない時間が過ぎた後に……懐中電灯を持ったジャケット姿の初老の男性とそれに率いられたいかにもなチンピラ共が10人程、姿を見せる。
「里衣良(さといら)青果さんですか?」
初老の男性が何かを言おうとする前に、思い当たった名前をそう口にする。
曾祖父ちゃんが取引をしていた業者のうちの一つ……曾祖父ちゃんの栗を買い叩き、獣人にまで手を出そうとしていたろくでもない業者。
そんな俺の一言を受けて初老の男性は、驚きながらも笑顔になって「えぇ、そうです」と酒枯れした声を返してくる。
「いやいや、話が早くて助かりますな。
まさかこちらの顔をご存知だったとは……光栄です」
更に里衣良はそんな言葉を続けてきて……俺は内心でお前の顔なんて知る訳ないだろうと返す。
この状況でこんな登場の仕方をする人間にそれしか心当たりがなかっただけのこと、どうやって門を通ったかは知らないが……よくもまぁ、こんなことをしでかしたものだ。
「なぁに、どんなに厳重な警備でも融通というものは効くものなのですよ」
こちらが何も言っていないのにそんなことまで言ってくる里衣良。どうやら賄賂で門の職員を買収したようだ。
……全く、良い給料を貰っている公務員が買収なんかされているんじゃねぇよ。
そんなことを思いながらも努めて笑顔を……営業スマイルを浮かべて、さて何と言葉をかけたものかと悩んでいると、里衣良はこちらの言葉を待つことなく……この機会を待っていたとばかりに、余程に俺に会えたことが嬉しいのか、勝ち誇っているのか、弾んだ声を続けてくる。
「そこまで話が早いなら……さっさと要件の方を済まさせていただきましょうか。
こちらの契約書にサインしていただけますかな?」
そう言って里衣良が手に持っていたハンドバッグから分厚い冊子を……契約書と思われる冊子を取り出し、こちらに近づいてこようとするが、それを見たテチさんは凄まじい気配というかなんというか……殺気? のようなものを放ちながら里衣良を威嚇する。
それを受けて里衣良は一瞬怯むが、それでも足を止めること無くこちらとの距離を縮めようとしていて……そんな里衣良を見て俺は、なんとなくその作り笑顔が焦っているように見えて……そうして何故焦っているのか、その理由を察する。
まず賄賂を渡したとはいえ、門を通るというのはとんでもない事で、それをこんな大人数でやらかしてしまっていて……この事態が賄賂を渡した者以外にバレてしまったなら、すぐにでも自衛隊が駆けつけてしまうから、だろう。
更にここは獣人の領域で……他の獣人がいつ駆けつけてくるなんてのは予想も出来なければ予防も出来ない、不測の事態というやつで……そうなってしまう前にこの件を決着させてしまおうとしているのだろう。
「……申し訳ありませんが、私はコンプライアンス意識の低い会社とは取引をしないようにしていますので、お断りさせていただきます」
そんな言葉を返した俺は、棒を構えるのを止めて、自分の肩に立て掛けて……ひらひらと片手を振るって里衣良を挑発する。
挑発するついでにもう片方の手で、ポケットの中のスマホを操作し……社会人時代に散々繰り返した操作、通話履歴からの通話ボタンを実行する。
……もしかしたら操作を間違えてしまっているかもしれないが、それでもやらないよりはマシ。
門の職員へとこの事態を知らせるべく……電話の向こうの職員が買収された職員でないことを祈りつつ、スマホを通話状態にしたまま、大きな声を上げる。
「こんな時間に、アポもなくゾロゾロと、低俗な連中を連れてやってきて契約を迫るなんて、論外も論外!
仮にそちらの契約書にサインすることになったとしても、脅迫されてのことだとすぐに裁判所に訴え出て契約の無効を主張することになると思いますよ!
そうなったらそちらに勝ち目なんてものは無いでしょうね!」
それはあくまで電話の向こうに事態を知らせるための、自分なりにテンパっている頭をどうにか回転させて編み出した奇策……のようなものだったのだが、そんな俺の大声が事態を大きく動かしてしまう。
まず反応を示したのはテチさんだった。
よく言った、よくぞアイツに言ってくれたと満面の……ちょっと怖い笑みになって俺の方を見やってから……更に殺気を強めて里衣良のことを睨みつける。
次に反応を示したのはコン君で、目をキラキラと輝かせながら何故だか俺に尊敬の視線を送ってきている。
そして最後に里衣良。
まさかのまさか、挑発効果が抜群だ! といった有様で……顔を真っ赤にしながら思いっきりに歯を噛み締めている。
え、嘘だろう、この程度のことでキレるのかよ!?
アンタ長年商売をやってきた身なんだろう? 交渉の席でもっと凄いことを雨あられのように言われてきたはずだろう?
いくらなんでも耐性なさすぎじゃありません!?
内心でそんなことを思いながらも俺は、会社でまず教え込まれた……徹底的に叩きこまれた営業スマイルを浮かべ続けながら次はどうしたものかと思考を巡らせ続ける。
すると里衣良は、
「なんなんだその態度は、ニヤケ面は!! 馬鹿にしてるのか!!」
と、そんな声を上げてくる。
その顔はもう真っ赤というレベルではなく、居間から漏れる薄明かりの中でも目立ってしまう黒ずんだものとなっていた。
なんでそうなるのか、何がそこまで癪に障ってしまったのか。
社会人一年目の社会舐めていた頃の俺でも、もうちょっと堪え性があったというか、もっと酷い内容の数え切れない程の言葉を浴びせかけられても受け流せていたというのに……なんでこの人はこんなに簡単に切れてしまうんだ!?
色々とトラブルは経験してきたが、こういう直接的というか、暴力的というか、非文明的なトラブルは初めてで、どうにもこうにも理解しきれず対応しきれず、後手後手に回ってしまっていて……どうしたら良いのか全く分からなくなっていると、里衣良が指示を出して、チンピラ共がこちらに向かって駆けてくる。
うわぁ、まさかの実力行使、それでどうやって俺と契約する気なのか、どうやって栗を手に入れる気なのか、目標を見失うにも程があるぞと呆れていると……テチさんがもの凄い勢いで駆け出し、手にした棒でチンピラの腕を打ち据える。
「いっでぇぇぇぇえぇ!?」
折れたんじゃないかというような凄まじい衝突音とチンピラの悲鳴。
先に手を出してしまうと正当防衛的にアレなんじゃないかとも思ったが……相手は不法侵入所じゃない犯罪をおかしてしまっているので、まぁ問題はないかと、緊急時だというのに心の中でそんなことを思ってしまう。
俺がそんなことを思いながら呆然とする中、テチさんは更に棒を振るって……拳法映画で見たことあるような軽快さと鋭さと力強さで、棒を振るって、叩きつけて、横に薙いで、次々にチンピラ共を打ち据えていく。
獣人だからなのかテチさんだからなのか、その強さは圧倒的で、その姿は美しくすらあって……俺はその光景を見やりながら唖然とし、そんな俺の側でコン君は、俺のことを守ろうと棒を構え続けてくれる。
こんな時に何を呆然と、唖然としているんだと自分で自分に突っ込むが、いやいや、仕方ないよ、だって俺ただのサラリーマンだし、こういう事態に全然慣れてないし、俺にとっての勝負って基本口と書類でするもんだったから、無理無理、こんな事態に冷静に的確に対処なんて出来ないよと、俺はそんなことを自分に突っ込み返す。
俺がそんなアホなことする間もテチさんは次々とチンピラ共を打ち据えていく……が、多勢に無勢なのか、段々とテチさんの息が乱れてくる。
テチさんの一撃は強烈だけれども、相手を殺すような一撃でも気絶させるような一撃でもなく……相手の数が中々減ってくれないというのが致命的なようだ。
このままではテチさんは連中に負けてしまうかもしれない。
そう考えた俺は……棒を構え直して、震える足を一歩前へと踏み出す。
俺に何が出来るかは分からないが、それでもやらないよりマシだともう一歩踏み出すと……コン君もまた、俺を元気づけるように足を前に進めて……一緒に行くぞと態度で示してくれる。
そうして二人で足を前に踏み出して……走るために勢いをつけて、勢いのまま縁側から飛び出そうとした……その時だった。
「おう、とかてち、遅れちまって悪かったな」
と、野太い声が縁側の向こうの庭の向こうの……門から続く道の更に向こう、完全に暗闇に包まれた森の中から響いてくる。
一体誰が……?
と、テチさんとコン君以外の全員が疑問に思う中……暗闇の中からぬっと、白線入りの黒いジャージ姿の2mはあろうかという筋骨隆々、頭の上に可愛らしい熊耳をちょこんと乗せた、熊の獣人と思われるお兄さん方が、満面の笑みを浮かべながらぞろぞろと姿を見せる。
お兄さん方は武器を持っていなかった。
武器を持ってはいなかったが……武器など必要ない程に筋骨隆々だった。
中にはまだ若者なのか、手が熊のままの若者もいて……その手には熊の手らしい鋭い爪があったりもする。
そんなものを見せられたチンピラ達は一斉に怯み上がり……もはやテチさんどころでなくなり、戦意を失う。
初めて目にするだろう獣人、圧倒的なまでの体格差、人数も恐らく向こうの方が上。
そうなったらもう戦意とかそういうレベルの話じゃなかった。
森の中でガチギレしている熊と出会ったらどうしたら良いのか? というレベルの話だった。
死んだふりをする者、一目散に逃げ出す者、腰を抜かして動けなくなる者、様々な反応をチンピラが見せ始めて……アスリートのような綺麗なフォームの全力疾走で追いかける者、死んだ振りをしているチンピラの頭をぐわしと片手で掴み上げる者、腰を抜かしたチンピラの足と足の間に、地面がえぐれる程の威力でその拳を叩き込む者と、お兄さん方も様々な反応を見せ始める。
そんな中で諸悪の根源である里衣良は……恐怖のあまりか気を失ってしまったようで、白目を剥いたまま地面に倒れてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます