そろそろおやすみ

オレンジ色した夏休みの香りを孕む風が花火とともに消え

閉じ込められた心はいつのまにか乾いて塩吹き

浮き立った白い結晶は

顕微鏡で見たら

しょっぱいだけの不恰好な四角だった

カルペディエムと口ずさんで

コギトエルゴスムと歌にして

メメントモリとクラスメイトにあだ名して

君はそのラテン語の意味も知らずに

窒息しそうな密度の意味を

平気で泳いだのだった


愛とか恋に溺れたみたいな

雨を降らせる雲を探して歩いた

空の尽きる果てにそれがあるのではないかと歩いた

君がいたはずの遠い空を探して

君としたはずの遠い約束を思い出して

剥がれ落ちる雲が雹になって降る日に

割れた鏡が

君のこころの傷のあかしになった

あけた空に浮く雲はやはりまだ

遠いまま届かないまま


感情の壁を越えられず

伝わらない想いも

君と一緒に煙になって消えた

容易に複製される僕たちの個性は

くだらない便所の落書きと

同レベルのミーム

髪の色や肌の色など個性とは無関係で

看板や電信柱と話している酔っ払いが

音のない部屋に帰り悲嘆に暮れ

つたないつたわらない夜の嘆きを

スマホに打ち込み囁くのと

同レベルのジーン


愚かな自尊心に押しつぶされそうな君が

口にしたはずの言葉が

聞き取れなかった

長雨で壊れた蜘蛛の巣に

過去の君の言葉が引っかかってはいないかと

探してみて

向こうに藍に染まった夜を見つけたのだ

泣いていたのではない

ポタポタ流れる血は

赤くあかく

心臓と繋がっているけど

心とは繋がらない

から

探している

誰かが聞いてくれるはずだと

届くはずだと

探しているから今日も

君の言葉を探している


ほら

笑い声が聞こえる

小心者の僕の手紙は

電車の網棚に置かれたまま

誰かがきっと拾って捨ててしまうのだろう

君の言葉が

まだ見つからないまま

運命を夢見るのは

思考停止という安全装置に閉じ込められた綺麗事なのだと

自分を笑う

ほら

笑い声が聞こえる

血の底にしずんだ君の色を探して

散歩に出て

また蜘蛛の巣を見つけた


夏休みが終わる

蝉の声がうるさいのに

あの夏から

僕にはなにも聞こえないのだ

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