第13話 ゲームの先生③


 普段かなちゃんと呼ばれている私――『井口奏』は、四角いブロックを積み上げながら思う。



 ゆいちゃんがフルダイブゲームに誘ってくれた時はとても驚いた。だって彼女の口から一度としてゲームをしている話を聞いた事がなかったからだ。



 それよりももっと驚いたのは、いつも気を張っていて誰にでも優しいアイドルとしての彼女ではなく、ちょっと口の悪い女子高校生になれる相手がいた事であった。



 アイドルとしての肩書を背負わなくていいアバター世界の成せる技なのか、今一番来てるアイドルと言っても過言ではない彼女が隣にいても目もくれず黙々と作業に没頭している彼が引き出した素なのかは、今の所分からない。



 ただ、今のゆいちゃんは見るからに生き生きとしていた。



 アイドル活動している彼女はとてもキラキラしていて、誰よりも努力家で、頭が良いから自分の立ち位置が良く分かっているからテレビでも出しゃばらなくて――

 気が弱い私にはいつも天使のようなほほ笑みをしてくれる。自分が一番辛い思いをしているというのに。



 ……私もほんの少しでいいから、彼女の助けになりたい。



「カナちゃん上手だね! フルダイブ慣れしている感じだけど、何か別のゲームでもしていたの?」


 ユイちゃんが笑顔で駆け寄って来た。



「うん。FPS系のゲームが好きでよくやってるけど、クラフト系は初めてやったかな」



 自由度が高すぎて食わず嫌いしていたけど、皆でワイワイと何かを作るにはとても楽しそうだと思った。



 まだショートカットに保存したテンプレブロックを積み上げる事しか出来ないけど、自分の想定通りに生み出されたオブジェクトを眺めると、なんとも言えない満足感を得られた。普段殺し殺されの殺伐としたゲームをプレイしていたこともあってか、このゆったりとした時間すらも新鮮だった。



「ユイちゃんは、その、いつからあの人と学校を作ってるの?」


「一週間ぐらい前だったかなー? ゆっても私忙しいからちょろっとしか手伝えてないし、ほとんど先生が作ってたよ」


「こんな建物を一週間で……?」



 まだ触りしかプレイしていないけど、手慣れたとしても細部にすら拘ったこの学校が簡単に作れるとは思えない。



「まぁ、先生は無職の廃人プレイヤーだからね」


「そ、そうなんですか……」



 何と返せばいいか分からず、乾いた笑みで返してしまった。私の困り顔がツボに入ったらしく、ユイちゃんはくっくっくと口元を抑えて笑った。



 不思議だ。現実の彼女とは全く似つかない外見なのに、アバターからは彼女の雰囲気を感じ取れた。



「でも、こんなに頑張ってるのに……壊しちゃうんだ」


「らしいよ。学校を壊すなんて――考えるだけでスカッとしない?」


「………………」




 彼女に言われて、考える。



 確かに学校なんて爆破してしまいたいと何度も思った事があったけど、いわば一種の現実逃避であり実際に壊してやろうなんて己の理性が許しはしなかった。

 だけどここは、仮想現実だ。運営に許された範疇ならばプレイヤーの想像力が続く限りどんな創造と破壊も許される。



 私は自分の学校が粉々に砕け散るのを想像して――自分の胸が高鳴ったのに気づいた。



 なるほど。先生と呼ばれている人の気持ちが少しだけ分かった気がした。

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