第9話 羽衣ゆいはアイドルである②



 基本的に私のアイドル活動は事務所の偉い人の方針によって決まる。そこに私の意思は欠片も存在せず、ただ口を開けているだけで仕事が降って来る都合の良いお人形状態である。



 ただちょっと悪い風に表現したけど、別にそのことについては全然文句がなかったりする。元々何かしたくてやってる訳じゃないし。



 事務所に所属してすぐに私はあまりテレビで聞かないアイドルグループの新メンバーになった。元々ある持ち曲と新曲の歌とダンスを覚えるのはそれなりに大変だったけど、どうやら私はルックス以外にも歌とダンスの才能があったらしい。むしろ売れなくてモチベが低い他メンバーの方が雑だったりした。



 最初の数か月はテレビに出るどころか、小さなライブハウスや大型ショッピングモール内などで場数と知名度を上げる地味な仕事ばっかりであった。驚いたのはどんなマイナーなアイドルグループにも熱狂的なファンが存在するらしく、握手会で何度も出会うファンのお陰で私達はアイドル活動を続けられていた。



 そんな中――大きな変化が起こったのは、私があるドラマに出演してからだった。



 そのドラマは深夜帯かつ有名俳優女優が起用されていないのに関わらず――事務所がドン引きするほどの爆発的人気になった。



 特にシナリオが優秀で、放送の後はツイッターのトレンドを独占し、最終回は総編集を含んだ三時間ぶち抜きスペシャル。終わったのに人気は未だに根強く、今一番続編を期待されているドラマになっていた。



 私はそのドラマでサブキャラの『さとりちゃん』という女子高校生かつエスパー探偵の女の子を演じた。



 いわゆる物語の賑わせ要因であり、毎回「私、悟りましたッ!!」と決めポーズを決め――盛大に推理を間違えるのがお決まりのキャラだった。



 能力が高いのに圧倒的に知能が足りてないため毎回読みを外すものの、主人公に真実への手がかりを与え、後半ではまさかの運で犯人を当てるという力技を披露するかなり美味しい役回りだった。



 そんな訳で、実感を持たぬまま私は一躍有名人になった。ドラマ以降テレビでのお仕事が爆増し、現在撮影真っ最中のドラマと映画を一本ずつ持っていた。マネージャーの話ではそう遠くない内に主演のドラマも始まるとかなんとか。



 うーむ……。



 今までも何でも出来る優等生だったけど、まさかここまで世間様に通用するとは。順調過ぎて怖いまである。



 * * * *



 マネージャーの車内で仮眠を済ませ、本日二本目のお仕事へと向かう。一本目が押したせいで既に三十分の遅刻をしていた。



 ワザとらしく駆け足で「遅れてすみませんッ!」と謝りながら撮影場に到着すると、カメラを構えた色黒男が「全然いいよいいよ♪ 忙しいもんね」と笑顔で言ってくれた。とりあえず一安心。トイレで水を顔にかけて汗を演出したのが良かったのかもしれない。



 二本目はCDジャケットと初回限定版の写真の撮影だった。珍しくアイドルグループでの活動であり、既にメンバーは全員揃っていた。



 すぐに衣装に着替え、カメラマンの指示通りのポーズを決める。あまり慣れていないお仕事だったけど、何かよくわかんないけど適当に笑ってただけでカメラマンにべた褒めされた。



 グループの中で私が明らかに多くセンターだったのは少し気になった。



 * * * * *



「「ありがとうございましたー!!」」



 予想よりも早く撮影が終わり、私達はスタッフに頭を下げた後に着替えるために楽屋へと向かった。



 スマホで時間を確認すると、まだ夕方の四時だった。今から直帰して五時。食事を済ませながらエゴサして七時ぐらいにログインしようかな。先生いるかなー。



「お先に失礼します」



 私は速攻で着替えを済ますと楽屋を後にして――しばらくして気づく。イヤホンを楽屋に置き忘れているじゃん。めんどくさいなぁと思いつつ来た道を引き返す。

 楽屋まで戻りドアノブを握った瞬間――楽屋の中から甲高い声が聞こえた。



「ってかさ、最近ゆいちゃんウザくない?」


 突然私の名前が聞こえ、体が固まる。



「え、ゆいちゃん? 誰それ?」「そんな人いたっけ?」「さとりちゃんじゃないの?」



 クスクスと複数人が楽しそうに会話していた。



「今日だって誰よりも遅く来て一番乗りに帰ったし、絶対調子乗ってるよね」


「仕方がないよ有名人なんだから(笑) 何しても許されると思ってるんでしょ。頭が悪いんだから仕方がないよ」


「あーあー。演技も歌も下手くそなのに売れていいなー。前世でどんだけ得を積んだんだろうね」


「ってかプロデューサーに枕したってマジ? マジで気持ち悪いんですけど」


「マジマジ(笑) その内干されるよ」


「うわぁ、ひくわー。ぶりっ子だから枕向いているかもね」


「私、イキましたッ!」


「あははッ! 似てる似てる!」



 ドッと楽屋で笑い声が起きる。同じメンバーで仲間である筈の彼女達は、私の悪口で大盛り上がりしていた。



 ……はぁ。別にいいけど。



 遅刻してきたのは事実だし、待ってた彼女らも文句を言う権利はあるだろう。

 薄々好かれてないなーと思ってたけど、でもまさかここまで嫌われているとは。多分今日に始まった事じゃないんだろうなー。



 まぁ仕方がないさ。新メンバーとして加入した私が一番目立ってたら誰だって怒るよね。


 仕方が無い仕方が無い。


 許そう。


 私が許さないと、二度と仲良くは戻れないのだから。


 仕方が無い仕方が無い。



 ――だから、落ち着け。私。



 この場から早く逃げろ。忘れろ。とにかく落ち着け。



「…………ヒュー。……ヒュー……」



 息苦しい。突然息の吸い方を忘れてしまったらしく、何度も落ち着こうとするのだけど、どんどん苦しく呼吸が荒くなっていく。



 心臓がバクバクと煩い。息苦しさに耐えきれず首元をバリバリと爪でひっかく。視界がぼやけ、平衡感覚を失い立ってられなくなる。


「…………うぅ」



 その場に倒れこみ、グルグルと回る視界で必死に意識を失わないようにする。目の前にあるドアを叩けば楽屋にいる他メンバーが助けてくれるかもしれないけど、それだけは死んでも嫌だった。



『こう……なんだ。無理矢理表現するとしたら……息苦しいんだ。ずっと。酸素の薄い狭い箱に閉じ込められたかのような感覚が、働いてる間ずっとするんだよ』



 朦朧とする意識の中、ふと昨日の神無月の言葉が思い出される。


 そういえば最近、似たような感覚を味わう。


 息苦しい。



 あるいは――生苦しい。



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