或る海賊の計画1
「さてさて、どうしたものか。しかし……とりあえず、選んでおくれ」
真っ白な部屋に椅子が一つだけ。そこにどっしりと構えるように座っているのは男。
たしか、自分は――と考える必要もない。
こういう展開は予測していた。
目の前には白い衣装を着た自称神が立っていた。
なんとも特徴がなく、形容し難い顔の男だ。よく言っても悪く言っても、平凡である。
「君は僕がスカウトして、あの世界へ送り込んだ
「あん?」
自称神に対して、男――エドワード・ロジャーズは凄みを効かせた視線で睨みつけた。自称神は一瞬「ヒッ」と気弱な声を上げたが、咳払いする。どうやら、威厳のようなものを保とうとしているらしい。そんなものは、最初から感じないが。
「てめぇが
「お嬢さまの胸囲の問題はおいて。僕は
自称神は指をパチンと鳴らした。
真っ白でなにもなかった景色に変化が起こる。
現れたのは、見渡す限りの田んぼ道。
山々の緑が美しく、澄んだ水のせせらぎが長閑だ。収穫のときを待つ稲穂が青々と敷き詰められ、風にさわさわと揺れている。
都会の華やかさから切り離された田舎景色の中で、一人の少年が駆けている。世間の悪意からほど遠い過疎集落でのびのびと、無垢に育って――。
「ストップだ! なんだよ、これ。これが次の転生先だとでも? ふざけるんじゃないぞ。こんなの御免だ!」
続きを見る前に、エドワードが声を荒げた。
殺意が迸り、ギラギラとした視線が自称神に突き刺さる。
「ええ!? いろいろと波乱万丈の転生歴だったから、ゆっくりとしてもらおうと配慮をしてだね」
「なんの配慮だよ。俺はこういうのは望まない……もう一回成り上がってやる。そうだな。今度はどこかの国王にでもなってやろうじゃないか。それで、戦争三昧の世の中にして、お前が創った世界とやらを滅茶苦茶にしてやる」
「うーん、そっか。じゃあ、その方向性で転生先を考えようかな」
「ははっ。さすがに、それは困るか? そりゃそうだろうな……って、おい希望通るのかよ?」
「だから、そう言ってるでしょ。都合よく空いている王族の転生先があるよ。どうするの? 転生したいかい?」
十中八九、却下されると思っていたが、自称神はあっさりとエドワードの希望を受け入れるようだ。エドワードは拍子抜けしつつ、次の瞬間には唇の端を歪ませて笑った。
長い間を計画に費やした上に失敗したクソみたいな人生の褒美ということか。
「いいぜ。その転生先にしてくれ。国王になったら、まずはクソみたいなフランセールを潰してやるよ。なにもかも奪い尽くして、全部台無しにしてやる」
「まあ、そうできるなら、お好きにどうぞ」
ノリが軽すぎる。
エドワードは違和感を覚え、自称神を振り返った。
だが、白い部屋が光に包まれて、自称神の姿を視認することが出来ない。
扉が開く気配がした。
身体が放り出される感覚があり、精悍な男の身体が溶けるように霧散していくような感覚。
そして、男はローランという名の赤ん坊に転生した。
† † † † † † †
いやあ、こりゃあ……さすがに予測していなかったわ……。
物心ついたころのローランが思考したのは、まさに「仰天」であった。そして、沸々とわきあがる「アノヤロー!」という怒り。もちろん、自称神を名乗る男に対する怒りである。
思い出した。
なにもかも、だ。
前世の記憶とは、ぼんやりしたものだ。なにせ、必要なければ思い出さない。だから、満足な思考がままならない赤ん坊のときは、あまり意識にないのだ。
だが、ときが経つにつれて、自分が何者なのかを思い出していく。
自分はローラン。
ただの幼児ではない。六人分の前世の記憶を持っている。それも、すべて悪人。一つ前の人生では「大海賊」と恐れられていた。
そして、転生をしなくて済む、永遠の命を手に入れようと壮大な計画を立て……見事に失敗してしまったのだ。
そういう男の記憶を、ローランは引き継いで生まれた。
無念だっただろう。その感情は、たしかにローランにも存在していた。
もう少しだったのだ。
あと一歩で、すべてが上手くいっていた。
しかし、邪魔が入った。
そう。
「ローラン。ローラン……どこへ行ってしまったのかしら」
自分を探す声が聞こえ、ローランは身を隠した。簡単に出ていってやるものか。
物陰から、ローランは相手の様子をうかがった。
美しいはちみつ色の髪が、キラキラと日光を吸って輝いている。桃色のドレスが似合う可憐な姿や、海のような色の瞳がとても……憎らしい。くっそ。それなりに、容姿がいいのがムカつく。胸は断崖絶壁のくせに。
あれがローランの前世――エドワードと名乗っていた男の計画を台無しにした張本人。ローランがこんなことになってしまったすべての元凶であり、諸悪の根源。
ルイーゼ!
そして……運が悪いことに、この女はローランの母親であった。
そう。
エドワード・ロジャーズとして死んだ男は、よりによって、彼の計画を台無しにした女の子供として転生してしまったのである。ありえないことに! まったく不本意なことに! どうしてこうなった!
「あ、見つけましたわ」
「ふぁ!?」
見つかってしまった。ルイーゼと目があい、ローランは身体を縮こまらせる。逃げようと試みるが、まだ身体は二歳だ。上手く走ることができず、よちよちと膝をついて転んでしまった。焦りすぎた。落ち着いていれば、もっと上手く歩けるはずなのに。
ローランの幼い身体は、ルイーゼにひょいと抱きあげられてしまう。まるで人喰い巨人漫画のような絵面であった。
「コノヤロー! はなせー!」
「あらあら、どこからそんな乱暴な言葉を覚えてきたのかしらぁ? いけませんわ……
ルイーゼが
チクショー。こんな威圧など、身体が育っていればなんともないぞ。俺はお前よりも強いんだぞ! と、ローランは心の中で叫んだ。
ヒュンッ。
と、鞭が宙を切る音が響いた。
ローランの身体が反射的にビクリと震える。
「お嬢さま、よろしゅうございますよ! どうか! どうか! このジャンにお仕置きを!」
ルイーゼが空打ちしていた鞭の先に、執事が身を屈めていた。ジャンという名だと、最近、覚えた。空気なので、周囲の人間の中では一番最後に名前を覚えたと思う。
ベシィン!
バシィン!
「ジャン……」
「はい、お嬢さま!」
「わたくし、もうお嬢さまではないのだけど?」
「よろしゅうございませんでした、お嬢さま! つい癖で言ってしまいました。さあ、お仕置きを!」
「わざとですか?」
ルイーゼはため息をつきつつ、「まあ、いいですわ」と、ニッコリ笑う。
とても穏やかで慈愛に満ちている。ついローランも、「やっぱり、この女は綺麗だな」と感じてしまう。が、それはまやかしだ。
こいつは、ローランとまったく同じ前世の記憶を持つ性根の腐った悪党でもある。それはローランがなによりも一番知っていた。わかる。こいつも、クズだ。
まあ……執事を打つのは、本人も喜んでいるので健全だろうが。それにしたって、二歳児の目の前で折檻など、正気とは思えない。
「いいですわ。ローラン、早くお部屋に戻りましょうね。今日はおめかししなくてはいけませんから」
「お、おめか……?」
「特別な日なのですわ」
ルイーゼは気味悪くニコニコ笑いながら、ローランを抱きしめた。吐き気がする。
彼女はそのまま、ローランを連れて歩いていく。
見あげると、天井が高かった。
描かれたフレスコ画も、広い窓から射し込む日光も、すべてが輝いて感じる。外の庭はよく手入れされ、季節の花々で彩られていた。
贅沢な暮らしだ。
フランセールの王宮は美しい。
「あ、ルイーゼ!」
ルイーゼが部屋に入ると、中から声がした。
ふり返ったのは、実に頼りなさそうな青年だ。おどおどとしていて、非常に弱々しい。虫唾が走る類の人間である。ナメクジか。
ブルネットの髪を掻いて、なにやら書類と悪戦苦闘しているようだった。なぜか、かたわらでは大きなライオンが昼寝をして、ゴロゴロと喉を鳴らしている。冷静に考えると、どんな状況だよ、これ。扱いが猫じゃねぇか。
「エミール様」
ルイーゼは青年に笑いかけた。
エミール王子である。
ローランの憎むルイーゼは、もう公爵令嬢ではない。
王宮のお妃様だ。
正確には、まだ国王が健在なので王太子妃である。
気づいたときは、舌打ちした。よりにもよって、ローランはフランセールの王子なのだ。王族に転生させるという自称神の言葉は間違っていなかったが、これは話が別である。
騙された。
そう考えざるを得なかった。
「こんな日まで、お仕事しなくてもよいのではないですか? 働きすぎは頭がおかしくなることは、国王様が体現していらっしゃるでしょうに」
「え。父上って、頭がおかしいの? ど、どうしよう。ルイーゼ……」
「あれが正常に見えますか。今日も、ミーディアに縛られて笑っていらしてよ!」
「え、駄目なの?」
「いいと思っていたのですか……?」
「すごく楽しそうだよ」
「そう、ですわね……まあ、健全でしょうか?」
「うん。そう思う」
「なら、いいのでしょうね……って、よくはないですからね?」
なんですか、この謎の説得力は……育て方を間違えた気がしますわ。と、ルイーゼはエミールに聞こえないような声で嘆いた。が、抱きしめられているローランには丸聞こえだ。心の中で、「本当にこいつらアホだな」と呟いておいた。
そんなローランとは裏腹に、ルイーゼはエミールから書類をとりあげようとする。
「サビ残は禁止です。今日はお休みのはずです」
「さびざん? ……でも、ルイーゼ。僕……やっと、仕事任されたんだよ……は、初めてで……」
ローランは、ついエミールの書類に目を遣る。
なるほど、農地開拓に伴う用水路の整備か。成功すれば、まあまあの功績になるが、脇を固める人材がしっかりしていれば問題なさそうな案件である。無能な王族に回ってくる仕事としては妥当だった。
いっちょ前に「王子様」しやがって。何年か前まで、引き籠って部屋から出てこなかったくせに。もともと、頭は悪くなかったらしいが、なんかムカつく。
「それに、これが完成したら、みんな喜んでくれるでしょ?」
エミールはだらしなく笑いながら、ルイーゼを見あげる。その様子は、子犬かなにかのようだと、ローランは考えてしまった。
「それは……そうです。国の事業ですから。臣下も喜びますし、民衆も助かります」
「うん、だから」
「駄目です」
「え……」
ルイーゼは頑として、エミールに書類を返さない。内容がローランに丸見えである。悪用したら、どうするつもりなのだ……二歳児の身で、悪用は難しいが。
「わたくしは、今でも充分嬉しいのです。あんなに駄目駄目だったエミール様が、一応、このような仕事を任されるようになったことが嬉しいのです。是非とも、達成していただきたいと思っておりますよ。教育した甲斐がございます」
「だったら」
「だから、過労で倒れられでもしたら、悲しいです。覚えていますか。エミール様、筋トレのしすぎで動けなくなったことがございますわよね」
「そ、それは……ずっと前の話だもん」
「あのときと、同じにございます。限度をお知りください。今は大丈夫でも、しわ寄せがきます。過労反対! ブラック企業は撲滅ですわ! 前世で過労寸前までコキ使われたわたくしが言うのです。間違いありません」
「う、うん……」
ルイーゼが懇々と説教すると、エミールは背中を小さく丸めた。本当に情けない。不甲斐ない。女の言葉など、怒鳴って黙らせればいいのに。と言っても、このルイーゼ相手には難しい話だと思うが。
あー、アホらしい。
なぁんで、俺がこんな家族ごっこに巻き込まれなきゃならないんだか。
だが、逆転の発想はないだろうか。
と、ローランは一つ考えついた。
むしろ、どうしてもっと早く気づかなかったのか。やはり、思考力が幼児だからか。二歳児というハンデがあるからか。
憎い相手が近くにいるのだ。
簡単に復讐できるではないか。
こいつらを不幸にしてやればいい。美しい王宮もめちゃくちゃにできる。豊かな国も、民も、すべて蹂躙できるではないか。
なにしろ、ローランはフランセールの王子なのだ。
いくらでも、復讐できる。
「ふふ……めたくたにしてやる……!」
不敵に笑う舌足らずの言葉に、ルイーゼは気づいていなかった。
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