第148話
サクッとアンリとジャンを縛り上げて鍵をゲットすると、ルイーゼたちは宝物庫へ続く階段を下りていった。
冷たい空気が占め、常闇へと続いていると錯覚する階段。
「ル、ルイーゼぇ……か、帰ろうよ」
エミールが身震いして目尻に涙を溜めている。
「ポチが大人しいので、大丈夫ですわ。それとも、先に帰りますか?」
エミールの頭の上でポチは平気そうな顔をしている。舌をチロチロ出して、無警戒状態だ。それで納得したのか、エミールはゴクリと喉を鳴らして首を横に振った。
「か、帰らない。僕がルイーゼを守るんだもん」
「まあ、頼もしいこと」
クスクス笑うと、石壁に反響する。
「それに、なんかね……ルイーゼを一人にしちゃダメだと思って」
不意にエミールがルイーゼのドレスを掴んだ。掴む、というよりも、摘まむと言う方が正しいだろう。
振り返ると、揺れる明りに照らされた顔で、エミールはルイーゼを見ていた。
「ルイーゼ、なにかしようとしてるでしょ?」
なにかしようと思っていなければ、こんなところまで来ない。
だが、エミールが言っている意味はわかる。
ルイーゼは息をついてから答えた。
「エミール様が心配するような危ないことはしませんわ。ただ、確認したいことがあるだけです」
「ほ、本当に?」
「はい。だいたい、このようなところでどうしようと言うのですか。それに、今はエミール様やユーグ様がわたくしを守ってくださるから、安心ですわ」
そう説明すると、エミールは納得したのか、黙ってくれた。「自分にも役割がある」と相手に思わせることは、教育において高い効果を表す。基本話術の一つである。
「…………」
ルイーゼは階段を降りながら、揺れる灯りを見据える。
どうやら、ルイーゼはエドワードが訪れた場所に触れると共鳴するらしい。アルヴィオスでも、王宮の厩舎でもそうだった。
ということは、エドワードがいた場所に行けば、また記憶が流れてくるのではないか。
カゾーランの話では、ここで彼と一戦交えたらしい。時間が結構経っているのでわからないが、試す価値はある。
エミールに問われて、ルイーゼは心配ないと答えた。
たぶん、それは嘘である。
今、エドワードがどこにいるのかわからない。カゾーランが兵を動かしてくれているし、セザールも王都に留まっているので、なにもするなと言われているが……。
どこにいるのかわからない。いつ現れるのかもわからない。
そんな敵を待っているのは、ルイーゼの性分には合わないのだ。
少しでも情報を得る必要がある。
「たぶん、これがいけないのですわね……」
セシリアとクロードが転生した結果、ルイーゼがいる。
ルイーゼに一部の記憶がなかった理由が、今なら理解出来た。
宝珠を最終的に操ったのはクロードだろう。
転生しても、前世の記憶があればセシリアはまた同じことを繰り返そうとする。自分を犠牲にして戦おうとするだろう。
恐らく、それは抵抗。
出来ることなら、宝珠とは関係ない人生を歩ませることを望んだのかもしれない。だから、元々のルイーゼにはセシリアの記憶がなかった。
まったくもって、身勝手なことだ。
しかし、正しい。最初から記憶があったなら、ルイーゼはもっと違う人生を歩んでいただろう。自分を投げ出す選択をしていたかもしれない。
今のように。
自嘲の笑みを漏らした。
本当に迷惑な前世。けれども、悪いとは思っていない。不思議なものだ。
「――――ッ!?」
唐突に悪寒が身体を襲う。
眩暈のようなものがして、視界が二重に歪んだ。
――俺なりに改良した三段突きだ。女版沖田総司って新聞に書かれたこともあるんだぞ?
――しんぶん?
声が聞こえる。いや、頭の中に流れ込んでくる。
狙い通りにエドワードの記憶と同調したらしい。次々と身に覚えのない、されど、自分のもののように感じられる記憶が流れ込んできた。
「ル、ルイーゼ!?」
肩で息をして座り込むルイーゼに、エミールが触れようとする。されど、ルイーゼは片手で制した。
「さ、触らないでくださいませ……」
一度目も、二度目も、エミールやユーグが宝珠の力を受け流して、記憶を遮断してくれた。
けれども、今回は目的があるのだ。
同調した記憶を辿って、エドワードの尻尾を掴む。そのために、出来るだけ長くこうしている必要があるのだ。
「ルイーゼ……!」
エミールが泣きそうになっている。ルイーゼは手にした木刀を向けて、そこを動くなと威嚇した。
「姐さんったら!」
隙を見てユーグがルイーゼに触れようとした。ルイーゼは動悸が激しく、震える身体に鞭打って木刀を振った。不意を突かれてユーグも怯む。
――アレは良い色に育つ。
ほくそ笑む声。
暗い階段を駆け上がる記憶。
ルイーゼはその先が見たくて、息苦しい身体を抱きしめた。呼吸が止まりそうになるが、必死に肩を上下する。
「ルイーゼの、馬鹿!」
木刀を振って威嚇しているのに、エミールが勢いよくルイーゼに飛びついた。
軟弱王子がこんなに力強く踏み込んでくるとは思っておらず、ルイーゼは尻もちをついてしまう。エミールはそこに覆い被さるように、ルイーゼの胸に飛び込んだ。
記憶が共鳴して荒れていた宝珠の力がスゥッとおさまっていく。
溢れ出そうな力をエミールが受け止めているのだと感じて、ルイーゼは目を見開いた。
「ルイーゼの馬鹿! 危ないこと、しないって……言ったのに!」
ポコポコとグーで殴られるが、あまり痛くない。これが本気の打撃だとすれば、筋力に問題があるとしか思えない威力だった。
それなのに、何故か痛い。
泣きながらルイーゼを覗くエミールを見ていると、心が痛くなった。
「すみません……」
謝るつもりはなかったのに、フッと言葉がこぼれていた。
エミールは白い顔を真っ赤にして、頬を膨らませる。
「ルイーゼの馬鹿……僕、ルイーゼがいなくなったら、どうすればいいんだよ!」
すごい剣幕で捲し立てられて、ルイーゼは辟易してしまう。
「い、いえ……独り立ちしてくださいな」
「ルイーゼがいなくなるくらいなら、一生引き籠り姫でいい!」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶なのは、ルイーゼだもん!」
エミールの言い分はわかる。無茶をしようとしたルイーゼが悪い。
それでも、こんなに怒られるとは思っていなかった。ユーグもエミールに同意するように、「そうよそうよ!」と頷いている。
「姐さんは、自分の価値を自覚すべきよ」
こんなことまで言われてしまう。
ルイーゼはエミールの教育係だ。今のところ、王宮での地位はそれくらいで、なんの役に立っているわけでもない。
人魚の宝珠を持っているが、自分で使うことなどは出来ない。
価値と言われても、それくらいの価値しか思いつかない。
いや、充分か。なんと言っても、この身に宿しているのはフランセールの秘宝だ。確かに、軽率だったか。
「全っ然、わかってないんだから!」
ユーグの言っている意味はわからないが、ルイーゼは自分で納得しておいた。
「さて、用事も済みましたし、帰りましょうか」
サラリと言うと、エミールが不服そうにルイーゼを解放した。
軟弱王子のくせに、生意気な態度である。
あとで乗馬の練習でもしてやるか……ゾウやライオンを乗りこなしている時点で、馬の練習がどこまで必要なのか疑問ではあるが。
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