第115話
「ふ、ぇ……ルイーゼ、も、無理だよぉ」
「エミール様、軟弱すぎますわ! もっと、気合いを入れてくださらないと困ります!」
「で、でも、僕……こんなに、初めて……あ、ふぅ」
「強い殿方になるのでしょう!? せっかく、前世の経験豊富なわたくしが手取り足取りレッスンしているというのに!」
「う、うぅん……っ! 僕、もう少し、がんばる!」
「腹筋の次は背筋ですわ。腹筋と背筋はセットで鍛えなければ意味がございませんので」
「わ、わかった!」
「では、最初から。
「ええ!? 最初から!?」
ルイーゼは鞭を振りながらリズムを取る。
いつの間にか、ジャンが湧いてきて鞭打たれているが、気にしない。こんなものは空気のようなものだ。
フランセールにいたときから、エミールの筋トレは継続的に行っている。
エミールは軟弱すぎる。タマという戦力がなかったら、エミールなどカスだ。ゴミだ。クズだ!
「疲れても続けるのですわ!」
「ふ、ふぇ……!」
「声が小さいですわ!」
「う、うん!」
「痛み無くして得るものなしですわよ!」
「あ、あぅ……も、む、り……」
某ブートキャンプDVDにハマっていた時期があったせいか、つい熱っぽくなってしまう。
ルイーゼの熱に反して、エミールは目を回して床に倒れてしまった。腰を痛めないようにフカフカの絨毯まで敷いているというのに、情けない。
ルイーゼは溜息をついた。
「仕方ありませんわね」
今日のところは限界だろうか。
こんな軟弱王子との勝負に負けたと思うと、なんとも情けない。あれから、ルイーゼは毎日素振りのメニューを三倍に増やしていた。
首都に入ってからはそれどころではなかったが、暇を見つけてはセザール相手に稽古もしていた。カゾーランと違って馬鹿みたいに力差がなく、非常に稽古しやすい。
前世なら、カゾーラン相手くらい余裕だったのに。主に筋肉が足りないせいだ! セザールに頼めば、念願の豚レバーも調理してくれるので有難い。ルイーゼは筋肉増強計画を諦めてはいなかった。
あとは、たまに離宮の周囲に広がる森に入って狩りもしているが、暇である。
そういえば、今頃フランセールの王都はどうなっているだろうか。
そろそろ、エミールの不在がバレていてもおかしくない。ユーグやエミールの話では、ヴァネッサとミーディアが頑張っているということだったが……。
シャリエ公爵家も気になった。
流石に、留守の期間が長くなっている。アロイスが発狂してルイーゼを追いかけてきた様子を見るに、あの置手紙では不十分だったらしい。まったく、面倒臭い家族。
「不安しかありませんわ」
溜息が出る。
悩ましげにしていると、部屋の外から聞き覚えのある音が響いていた。
シャンシャンタタタンッ!
タタタンシャラシャラ!
タンバリンだ。場違いにテンション高そうな打楽器を鳴らしまくる人物は一人しかいない。
「うるさくってよ!?」
ルイーゼは妙にイライラして、部屋の扉を開けた。すると、廊下でタンバリンを鳴らしていたアンガスが、こちらを振り返った。
森の洋館で宝珠の研究をしていた没落貴族も、今では革命の指導者だ。民衆からは英雄視されているらしい。
「やあ、
「その呼び方は好きではありませんわ」
「ああ、ごめんね」
まるで、宝珠にしか興味がない言い方だ。彼は研究者なので仕方ないかもしれないが。
「ルイーゼ、ちょうど良いところにいた。出来るだけ早く荷物をまとめるんだ」
「はい?」
タタンッシャララ!
アンガスは鬱陶しくタンバリンを鳴らしながら、真剣な表情で告げた。とても深刻な事態が起こっているのだと察することが出来る。タンバリンさえなければ。
「不味いことになってね」
「早急にここから出ていかなくてはならない理由……ギルバート殿下の件ですか?」
「察しが良い」
シャンシャンシャラシャラ!
「ギルを連れて船を出してほしい。昨日、死んだと発表したんだが、一部の人間には通じなくてね。君らがココにいるっていう情報を嗅ぎつけて、探りを入れる人間がいるんだよ」
なるほど。ここは怪しい客人の住まう離宮状態だ。ギルバートもここに放り込まれていると見るのは不自然ではない。
「船の用意はしてあるよ。問題は無事に港へ辿りつけるか」
「そんなに深刻なのですか?」
「まあ、割と。まだ監視がウロウロしてる段階だけど……ボクが使った抜け道を通るといい。ここから直接港へ出るよりも、一度、ロンディウム城を経由して港行きの抜け道を使った方が安全だよ」
「その抜け道に見張りはいないのですね?」
「アレはヴィーから直接教えてもらったルゴス家の抜け道さ。誰も知らないよ」
むしろ、抜け道に入る前と、抜け道から出たあとが問題か。
アンガスの話では抜け道は離宮近くの林に入口がある。一人や二人が移動するには目立たないが、ルイーゼたち全員が移動するとなると、やはり目立つ。
ユーグは体力を取り戻しているようだが、ギルバートはまだマトモに歩けないお荷物だ。タマもいるし、どうしても監視の目を誤魔化すのは難しい。
「やはり、強行突破ですか」
場所をギルバートの部屋に移し、作戦会議となった。ジャンに集めさせた一同の前で、ルイーゼは腕組みする。
強行突破。
単純明快、実にシンプルな良策だと思う。
「姐さんのそういうトコロ、かっこよくて好きよ」
強行突破を主張するルイーゼの発言に、ユーグが両手を合わせて賛同する。
「我が道を邪魔する者は蹴散らせばいい話」
セザールも賛成のようだ。
「ごろにゃぁご」
部屋の隅でタマも猫撫で声で鳴いている。エミールの頭の上に巻きついていたポチも、舌をチロチロ出していた。
「よろしゅうございます、お嬢さま!」
ジャンのこれには、たぶん意味はない。
「……アンタたち、揃いも揃って脳筋だな!?」
会議の意味があったのか、なかったのか。満場一致で決まりかけていた空気に、ギルバートが寝台の上から突っ込んだ。
今現在、この中ではエミールに次ぐ最弱状態に成り下がっている怪我人は慎重派のようだった。
「まあ、ギルバート殿下はお荷物ですから」
「そうね。襲うなら今よね。気に入らないけど、色男だし」
「少し前から気になっていたんだが、アンタはオカマなのか!?」
嬉々として身体をクネらせているユーグに対して、ギルバートが白い視線を向ける。
そう言えば、フランセールでギルバートは「外国から来た王子様」だったので、ユーグはずっと猫を被っている状態だった。今はいろいろ状況が変わっているし、猫被りを辞めたのだろう。
「オカマだなんて失礼しちゃうわ。私はれっきとしたフランセールの騎士よ。漢なの」
「アンタらの国は、本当にデタラメだな」
ギルバートは頭を抱えてしまう。
ルイーゼとしては、いつから彼はツッコミ属性にジョブチェンジしたのだろうと突っ込みたいところだ。
因みに、現在彼は裸エプロンである。全裸だったので、セザールが落ちていた服を適当に投げつけていた。どうして、よりにもよってエプロンを投げてしまったのだろう。
「では、ギルバート殿下はどうすればいいと? わたくしたちを納得させる策をご提案ください。因みに、わたくしそろそろ運動不足を解消したいのですわ」
「それは暴れさせろってことか」
「ええ~、ルイーゼぇ~。そんな、暴れるなんて野蛮なことぉ、言ってませんわぁ♪ ただぁ、ちょぉぉおおっと、運動しておいた方が美容と健康に良いと思ってぇ。キャピキャピッ☆」
「……気持ち悪い」
一言呟かれて、ルイーゼは悪鬼のような形相に変わる。
渾身のブリッ子が通じないなど、アルヴィオス人もセンスがない! 趣味が悪すぎる!
「セシル様にそっくりだ」
「だから、あなたの中でのセシリア王妃はどんな人になっているんですか!? こんな人でしたっけ!?」
セザールが余計な爆弾を落として突っ込みを誘発させる。タマと一緒にエミールもいるのだ。余計なことを吹き込まないでほしい。
あーでもない。こーでもない。そうだ、今日の夕食はムニエルにしよう。ああ、それいいわね最高。よろしゅうございますお嬢さま。なにもよろしくなくてよ。そんな議論を交わすことしばらく。
「じゃあ、こうしよう」
考え込んでいたギルバートが、ニヤリと笑った。
当然のように、最初は誰も聞いていなかった。
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