第76話

 

 

 

 夜のうちにロレリアを離れ、馬を走らせる。

 結果的にロレリア侯爵からの追手は現れなかった。

 王都からの客人、しかも、異国の王子を連れた一行を深夜に襲おうとしたのだ。逆に知られては不味いので、隠蔽しようとしているのかもしれない。ルイーゼのことをセシリアの生まれ変わりだと思っているのなら、尚更に。


 難なくロレリア領を抜けて、日中にはノルマンド港へ到着した。

 ノルマンドはフランセールの港町だ。商業が盛んで、異国船が毎日のように出入りしている。


「海など見るのは久しぶりですわ」


 正確には、前世ぶり。ルイーゼは潮香る風を受けて、背筋を伸ばした。

 港町には様々な商店が立ち並び、市場にも活気がある。

 異国の商品もたくさんあり、王都ではなかなか食べられない生魚も置いてあった。どうしても、鮮度が落ちるため、王都では川魚か乾物のようなものが多くなるのだ。

 魚には良質なたんぱく質や、脂肪酸が含まれている。是非とも、美容健康のために定期的に摂取したいものだ。


「船はどこですか?」


 ギルバートに問うと、適当に「あっちだ」と指差した。この王子、抜かりないように見えて、割といろいろ大雑把である。


「四隻あるはずだ」

「はずって、また適当な」

「俺はまだ四隻目を見ていないからな」


 ギルバートはアルヴィオス国王に内密で行動している。使者として国を出る折りには三隻で出航し、あとから四隻目を渡らせたらしい。

 アルヴィオスへは、あとから用意した四隻目で帰るということだ。元々乗ってきた三隻は、遅れて王都を発った従者のアルビンが乗って帰ることになる。

 抜け目ない。敵に回すと厄介かもしれないと、ルイーゼは横目でギルバートを睨んだ。


「あ、俺のことを見直したかい?」

「そんなはずがないでしょう。そのチートアイテムを使って考えてみなさいな」


 ルイーゼは息をつきながら、ギルバートの眼を覗く。


「あら?」


 思わず声をあげてしまった。

 昨日の夜までは、確かに右が紅、左が藍のオッドアイだったはずだ。だが、今改めてギルバートを見ると、両目とも深い藍色に変わっていた。

 ギルバートが自嘲気味に肩を竦める。


「期限切れだよ」


 ギルバートは宝珠の力の一部を譲渡されていたに過ぎない。期限が切れたので、力が消失したようだ。


 力を譲渡して分散する使い方もあるとは、自由度が高すぎる。

 ルイーゼは宝珠のことを「よくわからないけれど、凄く便利なチートアイテム」の一言で片づけるのが正解だと感じた。いちいち考えていても、面倒くさい。

 どうせなら、派手に炎や水を操れるザ・魔法みたいな能力の方が嬉しいのだが。異能力バトルにも興味がある。むしろ、やってみたい。絶対にカッコイイ。俺TUEEEEEしてみたい!

 何度も転生しているせいか、魂がどうのこうの言われても、ちょっと地味に感じてしまうルイーゼだった。


「なにつまらなそうにしているんだ」


 ギルバートが怪訝そうに眉を寄せた。


「別に。オッドアイ属性が消えると、案外、普通の顔だと思っているだけですわ」

「はあ!?」

「嘘ですわ。そこそこ美男イケメンです」

「そこそこって、なんだよ」


 適当に誤魔化して、ルイーゼは掌をヒラヒラとさせた。

 ギルバートは普通の婦女子であればドキリとしてしまいそうなくらい顔立ちが整っているし、少し野生的な仕草や服装も妙な色香がある。

 決して普通の顔ではないのだが、今までの積もり積もった恨みのせいか、無性にからかいたくなったのだ。

 因みに、シャツのボタンはいつも通り数個空けているだけだ。本人曰く、「明るくて広いから大丈夫」らしい。意味がわからない。


「とにかく、こっちだ」


 ギルバートは不機嫌そうに港を指差して、前を歩く。ルイーゼたちも、そのあとに続いた。

 セザールはいつの間にか帽子屋を見ていたようで、お洒落な花を模した赤いリボンの帽子を、ルイーゼの頭に被せてくれた。


「陽射しと海風は髪によくないからな」

「あ、ありがとうございます……」


 なんとも女子目線な気遣いだ。

 セザールの頭にも、ちゃっかりと色違いの青い帽子が乗っている。無論、婦人用だ。この四十路、本当にお揃いのものを身につけるのが好きらしい。

 二人ともズボンなので少々アンバランスだが、いいだろう。ルイーゼは有り難く頂戴して、日除けに使わせてもらうことにした。日傘も悪くないが、船上は風も吹くので、帽子の方が良いだろう。


「おいぃ、もう酔っちまったのか?」

「なんだとぉ、酔ってなんかねぇよ」


 酒屋の前を通ると、昼間だというのに、賑やかな声が聞こえる。見ると、船乗り風の屈強な男たちが酒瓶を片手に飲んだくれていた。

 五、六人程度か。一人は地味な茶髪だが、あとの男たちはフランセールでは珍しい純粋な黒髪だ。異国人の集団だと一目でわかった。

 船乗りは常に危険と隣り合わせだ。陸に上がると緊張が解けて、こんな風に飲む者は少なくない。どこの店でも、似たような風貌の男たちが集まって飲んでいる場面が見られる。

 だが、男たちを見つけたギルバートは呆れたように頭を掻き、立ち止まった。


「お前ら、昼間から飲んだくれて……この給料泥棒どもが。俺も混ぜろよ」


 楽しく酒を飲んでいたところに声をかけられて、男たちがやや不機嫌になる。しかし、彼らはギルバートの顔を見ると、すぐに表情を変えた。


「殿下!」

「あ、ほんとだ! 殿下だ!」

「おーい、てめぇら、殿下が帰ってきたぞー!」

「殿下、帰ってきてくれたんですね!」


 口々に嬉しげな声をあげる。店の奥にもまだ数名いたようで、総勢十人以上の船乗りたちがズラリと店の外へと並んだ。皆屈強な大男たちで、圧巻の光景である。


「殿下、ご苦労様ですッ!」


 男たちが訓練されたかのように口を揃えて合唱する。胸に手を当てるポーズは、敬礼のようなものだろうか。酒を飲んでいるとは思えないくらい、ピシッと動きが揃っている。


「ああ、これはうちの海軍だ」


 ギルバートはサラリとルイーゼの方を向いた。


「海軍、ですか?」


 ギルバートは国の使節として来ているのだ。海軍を連れていて当然だが――。


「どう見ても、海賊ですけどっ!」


 揃った動きはともかく、制服など誰も身につけていない。やや薄汚くて、荒れくれ者といった風貌の男の方が多かった。髪型も自由で、モヒカンやスキンヘッド、アフロやドレッドまでいる始末だ。フランセールとは全く違う。


「支給品は無駄に出来ないからな。公式の場以外は、うちの連中は自由だよ」


 なるほど。海の上では、どうしても服が劣化する。物を大事にするという観点では、理に適っているのかもしれない。


「なるほど。我が国も見習って、もう少し自由にさせてほしいものだ」

「あなたは、元々自由人ですけどねっ!?」


 セザールが真顔で言い放つので、ルイーゼはついつい突っ込んでしまう。


「自由人? 失礼な。我は常識人だ」

「一度、常識人の意味を辞書でお調べください」


 婦人用の帽子を頭に乗せたまま堂々と言い放たれても、説得力に欠ける。国王の前でも制服は着ないし、敬語は使わないし、近衛騎士なのに十五年以上領地に引き籠るし、これを自由人と言わずして、なんと呼ぶのか。ああ、そうか。変人か。


「ところで、殿下。そちらのお嬢さんは?」


 リーダーらしき男がルイーゼを指して聞く。ギルバートは「ああ、そうか」と、思い出したように手を叩いた。


「こちらの令嬢はアルヴィオスへ連れ帰る客人――あーいや、そうだな。俺の第二夫人候補だ。くれぐれも、粗相がないように頼む」

「だ、第二!? はあ!?」


 これまたアッサリとした紹介に、ルイーゼは思わず抗議しようとした。だが、ギルバートに素早く口を押さえられてしまう。


「そう紹介しておけば、誰も手を出さない」


 意味深に片目を瞑ってウインクされるが、全く納得がいかない。だが、時既に遅いようで、男たちは第二夫人候補という紹介に納得している。

 確かに、これから船に乗ってアルヴィオスへ行くのだ。決して短い船旅ではない。男ばかりの空間に女を一人放り込むのは、あまりよろしくないだろう。

 ルイーゼは弱くないし、セザールもいるが、面倒事は避けたい。先に保険をかけておくのは悪いことではない。

 が、それはそれ。これはこれだ。ルイーゼはギリギリと奥歯を噛んで、ギルバートを睨んだ。

 いつか絶対に、その頭を踏み潰してやりますわ!


「流石、殿下! こんな上玉、なかなかいませんぜ!」

「なるほど、まずは女から攻略ですか!」

「殿下、カッコイイっす!」

「殿下はヴィクトリア様一筋だと思っていたのに」

「でも、これって俺にもチャンスあるってことですよねッ!」


 なんだこの賛美の嵐は。軍隊というより舎弟だ。極道時代を思い出す。

 だが、彼らの表情や喋り方から、決してごますりなどではないとわかる。皆、ギルバートを慕っている態度だと、感覚的に思った。

 ギルバートの方も尊大にならず、仲間のように一緒に笑っている。話題は気に入らないが。


「ということで、お前らちゃんと挨拶しろ」


 両手をパンパン慣らして、ギルバートが呼びかける。すると、舎弟、じゃなくて、海賊、でもなく海軍たちは規律の取れた一糸乱れぬ動きで敬礼した。

 そして、一斉に膝をついてその場の地面に頭をつける。アルヴィオス式の礼儀だ。

 もうギルバートで慣れたので驚かないが、こんなに大勢の男が土下座のような姿勢を取ると、流石に引いてしまう。


「さあ、ルイーゼ。どうぞ」

「どうぞって……もしかして、これを片っ端から踏めと!?」

「そういう決まりだからな。踏んでもらえなかった者は、男として認められていないということになる。遠慮なく踏んでやってくれ」

「どういう理屈で、こんな挨拶が出来上がったのか、教えて欲しいくらいですわ」

「知らん」

「ですよね。あなた、そういうの適当ですよね」


 ルイーゼとギルバートが言い合う横で、セザールが音もなく前に出ていく。そして、男たちの頭を二、三度ずつガンガン容赦なく踏みつけていった。

 さも当然のように踏みはじめたので、違和感が全くなかった。


「いやいやいや、あなたは踏まなくても良いのですわよ!? むしろ、物凄く爽快そうな顔していらっしゃいますわね。とても、楽しく踏んでいますわね!?」

「我が美しさに平伏した者を踏まぬ道理はない」

「これ、ただの挨拶ですからね!?」

「我が美を讃えたのではないのか。非常識な連中め」

「だから、その台詞をあなたが言わないでください」


 セザールと一緒になって男の頭を踏みつける作業を進めながら、ルイーゼは嘆息する。

 このテンションで、アルヴィオスまで持つのだろうか。今から心配になった。

 

 

 

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