第25話
いったい、どうして!
何故? どうして? どこで? いつ? どうやって、国王様にフラグが建設されたというのかしら!
鬼の形相でカゾーランに詰め寄られるも、ルイーゼには全く身に覚えがなかった。
強いて言えば、謎の大抜擢でルイーゼを教育係に指名した理由と関係している気がするが、その理由自体が不明だった。
「陛下に色仕掛けでもしたか!?」
「そんなわけ、あるはずがございません。現世で成り上がりを目指していたとすれば別ですが、わたくし、王族と結婚だなんて死んでも御免ですわよ。いえ、間違えました。死にそうなので御免ですわ!」
「え、ルイーゼ死んじゃうの!?」
白目を剥いて気絶したと思われていたエミールが、むくりと起き上がる。
「エミール様、しばらくは大人の話なので、聞かなかったことにしてくださいまし」
「う、うぅっ……父上と結婚したら、ルイーゼが死んでしまう……あんまりだ……」
ふぅっと糸が切れるように、エミールが再び失神する。よし、これで気兼ねなく死ぬとか刺されるとか言えますわ。
「ともかく、わたくしはフラグを乱立した覚えはなくてよ。別のルイーゼ違いではございませんか?」
「シャリエ公爵のルイーゼと言えば、一人しかおらぬだろう。もう既に、陛下は晩餐に呼ぶつもりで招待状を書かせていたぞ」
「なんなのですか、その行動力の早さは。誰もお止めにならないの!?」
「だから、侍従長殿と、このカゾーランが奔走しておる」
「二人だけ!? 国王様が
叫ぶと、カゾーランがそっとエミールに視線を移した。そして、エミールを気遣ってか、声を潜める。
「他の臣下はそう考えてはおらぬよ。むしろ、陛下がようやく再婚に乗り気になったと祭状態なのだ」
なるほど。現状のエミールでは、王位を継ぐことは難しい。
傀儡の愚王に仕立てるにしても、引き籠っていてもらっては困るのだ。そうであれば、いっそのこと国王が後妻を迎え、新しい王子を産むのが望ましい。
「だからと言って、どうして、わたくしなのですかっ」
「……その、だな」
カゾーランは声を潜めたまま、ルイーゼの耳元に口を寄せた。
「陛下は、ルイーゼ嬢がセシリア王妃の生まれ変わりだと言って信じておるぞ。それで、シャリエ公爵がお主の婚約者を探しておると聞きつけた途端、思い立ったように求婚すると言い出したのだ」
「はあ!? なんですか、その馬鹿げた話は。生まれ変わりだとか、なんとか、素で信じているお馬鹿な四十路がいるのですか。恋愛脳ですか、お花畑ですか!」
実際、転生者であることには、変わりないのだが。
ルイーゼは決してセシリア王妃の生まれ変わりなどではない。
むしろ、記憶にはないが、彼女を殺した側の人間だ。意味のわからない妄想を押し付けられても困る。
だいたい、ルイーゼがアンリ国王に対して、なにかあるわけがない。歳が離れているし、面識もそこまでない。
王宮主催の夜会であいさつを交わしたのが最初で、その後も、数回エミールの教育について謁見しただけだ。
それに、言いたくはないが、彼には前世で煮え湯を飲まされている。今更、どうでもいいが、顔を合わせるのが気まずい相手の五指には入るだろう。
第一、王妃になどなったら、バッドエンド確定だ。刺されて死ぬしかない気がする。迸る野心が解放されるかもしれない。国王を毒殺して実権を握りたくなったら、どうする気だ。
「こうなったら、陛下に嫌われるしかあるまい」
カゾーランが唸りながら腕を組んだ。
どこで見初められたのかわからない以上、ルイーゼも、それが最善策だと考える。
「どうしましょう。わざと粗相をしてみましょうか。食べ方が気持ち悪い令嬢なんて、絶対に嫌われますわよね」
「いや、それよりも、いつものように殺気立った眼で睨んでみる方が効果的であると、カゾーランは考えるが。いっそのこと、陛下に斬りかかってみるか」
「いやいやいやいや、そのようなことをして、処刑エンドになったら、どうするのですか! 国王様は、どう考えても武術はイマイチですもの。エミール様のように、怯えてしまったら最悪ですわ!」
「陛下とて、死線を潜ってきた漢である。多少運動音痴であらせられるが、肝は据わっておるよ。大丈夫。このカゾーランが全力で減刑を訴えよう。また来世で頑張れば良いのだ」
「処罰前提ではありませんかっ。来世から頑張るなんて、絶対に嫌ですわよ!」
いずれにしても、王妃コースは絶対に阻止しなくてはならない。ルイーゼのハッピーエンドライフのためにも、絶対にだ。加えて、エミール廃嫡の危機でもある。
喜ぶのは、ロリコン疑惑の国王様と、新王子誕生を望む臣下の面々、エミールを国王に据えなくて済む国民と――あら、意外と多いですわね。むしろ、歓迎されていますか?
「と、とにかく。国王様に、どうにか嫌われましょう」
兎にも角にも、徹底的に国王から嫌われる必要がある。処刑されない程度に。
ルイーゼが屋敷へ帰ると、早速、明日の日付で晩餐への招待状が届いていた。しかも、それを受け取った母シャリエ夫人が、また適当に承諾の返事をしてしまったらしい。
屋敷中は大騒ぎであった。
主に、親馬鹿公爵が暴れ狂い、「ダメだー! ルイーゼは婿をとるのだ。国王陛下が相手では、逆に嫁に持っていかれてしまうではないかー! しかも、どう考えてもロリコンではないかー!」と、言って高価な壺やら、絵画やらを投げ捨てていた。
「あら、でも、ルイーゼが王妃様になれたら、毎日王宮へ行く口実が出来るではありませんか。ふふ、近衛騎士の若い衆を拝見するのが、楽しみなのよ。期待しているわ、ルイーゼ」
「は、はあ……」
夫人は夫人で、そんなことを言ってルイーゼに期待を寄せている。
「因みに、最近の
「ユーグ様には絶対に話しかけてはいけません。ええ、絶対に話しかけてはいけない人種です。観賞のみに留めた方が、精神衛生上安定しますわ、お母様」
「あら。それは、きっと恋ですわね」
「適当過ぎますわよ」
普段、ユーグは事務方で籠りがちな上に、父親と同じく社交界にはあまり顔を出さない。
故に、彼の美しい見目だけで判断してキャーキャー騒ぐ婦女子は意外と多かった。その全員に、あの清々しいほど開き直ったオネェ姿を見せてやりたい。
「ルイーゼェ! 頼むから、陛下だけは辞めてくれぇ! わしが悪かった! 結婚はまだ先でも構わんから、陛下だけはダメだー!」
公爵は公爵で、泣きながらルイーゼに縋りついてくる。自分が言い出した結婚話だと言うのに、まったく、後先考えていない馬鹿親だ。
普通は、「よくやった。これで、わしも外戚として政治を握ることが出来る」などと言ってもおかしくないはずなのに。
今更思うのだが、シャリエ家は全体的に身の丈に合った無欲な人種が揃っている気がする。
ルイーゼが現世で野心を持たず、穏便なハッピーエンドを目指そうと決意したのも、この両親に育てられたからだと思う。
もっと野心家の家に生まれていたなら、徹底的な悪党の道を進んでいたかもしれない。まあ、刺されて死ぬとは思うが。
煩わしい家族だが、その点は感謝しているつもりだ。
「ルイーゼェェェエエエ!」
「お黙りくださいませ!」
未だに泣きついて離れない父を鞭で叩いて引っぺがす。
それでも尚、すがりついてくるあたり、なんだか彼もジャンと同じアレのような気がしてならなくなるのだった。
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