第21話
カゾーラン(息子)が断固として婚約に応じてくれなかったので、ルイーゼは自力でなんとかせざるを得なくなった。
というこわけで、ハンティング致しましょう。
豪奢で華やかな衣裳の真紅を揺らす。
胸を飾るのは真珠をふんだんにあしらった首飾り。蜂蜜色の髪は高く結ってリボンでまとめた。
夜会に咲く一輪の薔薇となり、ルイーゼは賑わう会場を練り歩いた。
エミールの教育係をはじめて以来、久方ぶりの夜会である。
ここで適当な男を引っ掛けて、とりあえず、時間稼ぎをしようという算段だ。詐欺まがいな行為かもしれないが、背に腹はかえられない。金品を騙し取るわけではないので、健全な結婚詐欺だろう。と、思いたい。
「ごきげんよう、シャリエ公爵のご令嬢。お久しぶりですわね」
「ごきげんよう、バイエ夫人」
ルイーゼは令嬢や貴婦人の面々とあいさつを交わす。
皆、表立って聞いて来るようなことはしないが、久々に現れたルイーゼに興味を示している。勿論、エミールの件と婚約者募集の件だということはわかっていた。
婦女子たちとの会話を早々に切り上げ、ルイーゼは会場内を睥睨する。
最低限の品格があり、そこそこ騙されやすく、適当に家柄のあるカモはいないかしら?
詐欺師や商人だった頃に、「商売相手」を探したときの勘を働かせてみる。家柄は適当に釣り合う方がいいが、シャリエよりはやや低めがいい。婚約破棄に文句を言われても、困るのだ。それに、父は「婿」を望んでいるので、どこかの次男三男が適当だろう。
シャリエ公爵がもっと物わかりが良ければ、こんな面倒なことをしなくていいのに。あの父親は少々親馬鹿すぎる。
目に入れても痛くないと言うので、七歳の頃に眼に指を突っ込んでやったが、笑って喜んでいた。出来心で池に落としても笑って許したし、釣り竿のようなものを作ってカツラを釣り上げたときも、普通に許してくれた。
今回も、一度満足させてあげれば婚約破棄しても快く許してくれることだろう。たぶん。
「あら」
獲物獲得を目指していると、珍しい人物を見つける。
「どうしたのですか、カゾーラン伯爵。こんなところに、いらっしゃるなんて。珍しいではありませんか」
ルイーゼは会場の隅にカゾーランの姿を見つけ、急いで近寄る。
彼は普段、夜会には来ない。王宮主催の際は参加しているらしいが、今宵はカスリール侯爵が主催する個人的な夜会である。
解せなかったのは、衣装だろうか。
せっかく、美しい肉体美を誇っているというのに、カゾーランが着ているのは深いネイビーブルーのロングローブ。しかも、足首まできっちりと隠れる緩いタイプだ。
残念である。非常に残念だ。自分の魅力を半減させている上に、酷く流行遅れの品だった。本気で似合っていると思うのなら、若干引く。
しかも、なんだかいつもよりカゾーランの背が低い気がする。長身に見える努力をする殿方はいても、身長が低く見えるような服を選ぶ殿方はいない。
だが、ルイーゼは冷めた目で見ていたが、違和感に気づく。
「ぬう……あまり動きますと、見つかりますぞ」
足首まで覆ったローブから、足が四本見えている。おまけに、膝下辺りが不自然に揺れていた。
「あの、まさか。この中って」
「お察しのとおりである」
ルイーゼは溜息を吐いた。そして、周りに見られぬように少し身をかがめ、控えめにローブの裾を持ち上げてみる。
なんだか、スカート捲りみたいではしたない。八回目の人生にして、初めて行うスカート捲りが筋肉美中年とは、なんとも言えない気分だ。
「ル、ルイーゼぇ……」
案の定、泣きそうな顔のエミールが蹲っていた。
一応、盛装しているようだが、人前に姿を現すのは億劫のようだ。筋肉の足に挟まれながらの夜会デビューも、どうかと思うが。
「足、疲れちゃったよぉ……」
「当然にございましょう。まったく、どうしてこのようなことを」
またカゾーランが無理に連れ出したのか。ルイーゼはカゾーランを睨みあげたが、彼は困った顔で首を横に振っていた。
「ぼ、僕が……頼んだ。その、あの」
エミールは泣きそうになりながら、座り込む。そして、必死そうな視線で訴えかけてきた。
「ルイーゼ、結婚するって、ほんと?」
不安で不安で堪らない。そんな声だった。潤んだサファイアの瞳が揺れ、視線が定まっていない。
「エミール様……そんなことを言いに、ここまで?」
「そ、そんなことって……僕にとっては、だ、大事なこと、だ。ルイーゼが、結婚するのは、ちょっと……その、困るというか、なんていうか……」
この場の空気に耐えられないのか、エミールはカァッと顔を赤くして俯いてしまった。
ルイーゼも、男の股間に向けて話しかけている格好になるので、そろそろ限界だ。あまりよろしくない。
周囲を見回し、誰も注目していないことを確認してから、ルイーゼはエミールの前に腰を落とした。
「大丈夫ですわ、エミール様。まだまだ結婚などしませんわ。少しハンティング、いいえ、都合のいい男釣り、んんッ、親への体裁のために工作しているだけですから」
「ほ、ほんと?」
「はい。まあ、例え結婚することになっても、しばらくは教育係を続けるつもりですから、大丈夫ですわ。手段を考えます」
本来、教育係は既婚の熟練した貴婦人の役割だ。早々に妊娠したり、遠くの領地へ住まなければならない限りは、続けていけなくもない。
エミールはまだ不安そうな様子で唇を震わせていたが、ルイーゼは笑ってローブの裾をおろした。
すると、カゾーランが呆れた様子で項垂れていた。
「ルイーゼ嬢、これは忠告なのだが……機は逃すものではないと、カゾーランは考えておるぞ」
「はい?」
なんの話だ。
ルイーゼは眉を寄せた。
この時期に結婚しておかないと、婚期を逃して行き遅れになるとでも言いたいのだろうか。大きなお世話だ。わかった上での決断である。
解せない。そんな表情のルイーゼに、カゾーランは肩を竦めて笑った。
「殿下は未熟ながら、確実に成長なされていると思う。自らカゾーランの元に出向いて、連れて行ってほしいと頼んだのだからな」
エミールが、自ら? カゾーランの執務室へ行ったと言うのか。エミールの部屋からは少々距離があったと思うが、一人で移動したというのだろうか。
「殿下も立派な
「漢だなんて。まだまだにございますわ。もっと逞しくなって頂かないと困ります」
「……馬鹿は死んでも直らんとは、
「は?」
言っている意図がイマイチわからない。ルイーゼはプイッと視線を外す。
確かに、外に出ようと思うようになったり、筋トレするようになったり、一人で王宮を歩いたことは認める。
だが、これくらいで満足されては困るのだ。エミールをきっちり躾けて、一人前にしなければ。
王宮くらいは肩で風を切って歩いてもらいたいし、剣術も多少は出来てほしい。社交界も、王族なのだから堂々と振舞うべきだし、喋り方もなんとかしなければいけない。
課題は山積みだ。気を抜いていられない。
「シャリエ公のご令嬢ですか?」
聞き覚えのない声に呼ばれる。
ルイーゼは横目でエミールが顔を出していないか確認しつつ、声の方を振り返った。
一人の貴公子が腰を折っていた。
歳の頃はルイーゼと同じくらいか。サラリと艶やかな黒髪を後ろで一つに結っている。青空色の瞳は中性的で幼さを残しているが、流麗な立ち振る舞いや物腰は一流の公子だ。明るい青を基調とした盛装もよく似合っており、センスもいい。
どこかで見たことのある顔だ。
「おお、シエルではないか」
先に声をかけたのはカゾーランだった。足元にエミールを隠しているせいか、彼はその場から動かないまま笑う。
「こんばんは、カゾーラン伯爵。このような場でお会いするなんて、珍しいですね」
「うむ。少々野暮用があってな」
シエル。思い出した。夜会を開いているカスリール侯爵家の子息だ。
シエル・クレマン・ド・カスリール。ルイーゼと同い年で、今年から近衛騎士に見習いとして配属されている少年だ。カゾーランがよく連れて歩いている部下でもある。恐らく、小姓のような扱いだろう。
「ご挨拶するのは、初めてですわね。ルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエと申します」
「こちらこそ、急に声をお掛けして、申し訳ありません。お話中でしたか?」
歌うようなボーイソプラノで問われ、ルイーゼは緩く否定する。エミールのことは心配だが、カゾーランがいるので放っておいても大丈夫だろう。
「シエル様こそ、カゾーラン伯爵にご用件ではないのですか?」
「違いますよ。麗しいご令嬢と、出来れば一曲ご一緒願いたく参上したのです」
シエルは人好きのする笑みで笑い、ルイーゼの手を優しくとった。そして、礼儀に則って片膝をついて指に唇を落とす。
仕草一つとっても精錬されており、非の打ちどころがない美少年である。
「婚約者を探していらっしゃるとか」
「え、ええ……まあ。父が勝手にしたことですわ。わたくしのような不束者、誰も貰ってはくれませんでしょう」
「ご謙遜を」
シエルはそう言いながら立ち上がる。目線がルイーゼと同じほど小柄であり、成長期であることがうかがえた。
「僭越ながら、僕も立候補させて頂きたく存じます」
「え……え?」
シエルの言葉に、ルイーゼは思わず目を泳がせた。
ハンティングしに来たわけだが、カスリール侯爵家では少々家柄が良すぎる。
結婚相手としては好条件が、婚約破棄をしようものなら、それなりの理由も必要になるだろう。加えて、彼は長男だ。婿としての結婚は難しいだろう。
面倒ですわね。ルイーゼは困ってしまい、冷や汗が流れるのを感じた。
「とりあえず、一曲踊りましょう。ほら、ワルツがはじまりますよ」
シエルは爽やかに笑ってルイーゼの手を引く。ルイーゼはぎこちない動作でついて歩いた。
「どうしましたか?」
「い、いえ」
ワルツがはじまり、シエルがルイーゼの腰に手を当てる。青空色の瞳が優しく、けれども、妖艶で強かな微笑を描いた。
「ああ、そういえば、ダンスは苦手でしたね」
「え?」
なんのことだろう。ルイーゼはダンスも歌も苦手ではない。むしろ、現世では重点的に磨いてきたつもりだ。
別の誰かと勘違いしているのだろうか。
「あの」
「いつも僕の足を踏んでくれましたよね。そのたびに、もう絶対に誘うなって」
誰の話を、しているのかしら?
ルイーゼは目を見開く。
だが、その光景には確かに覚えがある。自分の記憶の中で、いつも苦手なダンスに誘い、そのたびに足を踏んでいた相手は一人しかいない。
「お久しぶりです、クロード」
ダンスが苦手だったのは、前世の自分。
いつも誘っていたのは、――セシリアだった。
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