第22話 王都襲撃(4)

 王城へと続く長い階段を駆け上がり、僕は正門をくぐった。

 シャルロット王女のロザリオのおかげで、すんなりと王城へと入った僕は、フローの姿を探し走り回った。

 城下ほどではないが、やはり城内にもかなりの数の魔族が入り込んでいるようで、衛兵たちが対処に追われているようだった。

「ロゼライト様。」

 息を切らせながら僕を呼んだのは、フローの専属執事であるエドワードだ。

 近くにフローの姿はない。

「ロゼライト様、フローレンス様がどこに行ったか、ご存知では無いですか?」

 エドワードの顔は血の気が失せて、真っ青になっていた。

「城内に魔族が侵入したときの混乱で、フローレンス王女とはぐれてしまったのです。王女に何かあったら死んでお詫びするしか・・・。」

 エドワードの性格上、フローに何かあったら本当に自らの命を絶ってしまいそうだ。

「エドワードさん、城の状況は?」

「魔族は東側の壁を越えて侵入してきました。その為、東側の戦闘が激しく、現在テレーズ王女率いる騎士団『大鷹』が対応しております。」

 大鷹?あまり聞かない名前だ。

「大鷹は対外的にはあまり公表していない騎士団で、主に王の周辺を守護する事を目的としています。団員はテレーズ王女自らが選び、実力的には聖騎士団に引けを取らないかと存じます。」

 僕が怪訝な顔をしていたからか、エドワードが大鷹に関して補足してくれた。

「それで、フローとはぐれたのは?」

「騒ぎを聞きつけたフローレンス王女が、自ら城内の避難の指示をするとおっしゃた時で・・・。」

「逃げなかったんですか?」

「はい、テレーズ王女やシャルロット王女にばかり頼ってはいけないと。」

 フローの性格上、自分でも何かやらなければと思ったのだろうが、タイミングが悪すぎる。

「分かりました。僕も探してみます。」

 東側から侵入されたのであれば、逃げるなら西側か。うまく城内に逃げ込めてればいいのだが。

 ひとまず現在地である南側から、西側を周り、見つからないのであれば北側を探してみよう。

 そう思った僕は、西側を目指して走り出した。


 無駄に広い城の周りを全力疾走する。

 体はそれなりに鍛えてあるつもりであるが、さすがに息が上がっできた。

 もうすぐ南側の探索が終わり、西側の一角に差し掛かる。そう思った直後だった。

 耳に突く奇声とともに現れたのは、城下に侵入してきたのと同種族の一匹の魔族。

 鹿とも牛とも見える顔に生えた、2本の捻れた角。

 大きな体に不釣り合いなほど長く細い腕と、毛むくじゃらで獣のそれによく似た足。

 細く肉がむき出しな尻尾。

 蝙蝠のような羽。

 2本足歩行とも、4足歩行ともとれる前屈みな体躯。

 レッサーデーモンとか言うやつか。

 よくよく見ると、その禍々しい姿に吐き気を覚えた。

 魔族と戦うのは初めてであるが、城下での戦闘を見てきた限りでは、負けるようには思えなかった。

 僕は腰の剣をゆっくりと抜いた。

 魔石には赤く淡い光が宿っている。魔剣としてあと少しは使えるだろう。

「炎よ!」

 剣身が燃え上がる。

 先ほどのように、一気に出力を上げずに魔力を剣に留めたのだ。

 続けて僕は左手を地面に付き、意識を集中させる。

 近くに落ちていた小石が数個浮かび上がり、僕の左手の周りを旋回し始める。

 レッサーデーモンが吠えた。

 その咆哮が合図であったかのように、僕は地面を蹴って間合いを詰める。

 小石をレッサーデーモンの目に向かって数個飛ばしながら、体勢を低くし、腹を切り裂くと同時に横を走り抜ける。

 小石に気を取られ、剣の反応が遅れるレッサーデーモン。

 簡単なフェイントであるが、飛んでくる石を全く無視できる生物など、この世にはいやしない。

 確かな手応えと、鼻に突く肉の焼ける臭い。行ける!僕の技は魔族にも通用する。

 振り向きざま左手に残った小石を全て放ち、再度間合いを詰める。

 両手で握り、渾身の力を込めて振り下ろした剣が、深々とレッサーデーモンの肩口に食い込む。そして直後に発動した魔法の炎がレッサーデーモンの全身を包み込んだ。

「勝った。」

 この剣を引き抜けば僕の勝利だ。僕は胸を撫で下ろしながら言った。

 しかしその直後、炎の中からやけに長い手が伸びてきた。

 剣を引き抜くことに気を取られていた僕は、成す術も無くその手に捉えられてしまった。

 僕の首を捉えたその腕は、軽々と僕の体を持ち上げ、締め上げていく。

「し、しまった。」

 後悔先に立たずとは正にこの事だ。

 油断、慢心。

 武を志すものが陥ってはいけない落とし穴。

 王都に来てからの心地よい日々が、気持ちの緩みを生んでしまったのか?

「ググァアァァアア!」

 レッサーデーモンの叫び声と共に、僕の体は壁に打ち付けられた。

 背中から感じたことのないほど大きな衝撃が伝わり、僕の体に悲鳴を上げさせる。

 鉄分を含んだ胃液が、口腔内に逆流してきた。

「こ、こんなところで、終わってたまるか!」

 僕は必死に右手を伸ばし、レッサーデーモンの肩口に刺さったままの剣に手を伸ばした。

「炎よ!」

 再度、炎に包まれるレッサーデーモン。

 剣の魔石の光は消失してしまったようだが、体内にも直接炎を流し込んでやった。さすがにここまでやれば・・・。

 しかし、僕の期待とは裏腹に、もう一本の手が炎の中から伸びてきて、僕の首を締め上げる。

「くそっ、まだ死なないのか?!」

 意識が遠のく。

 万事休すか・・・。

「ロゼライト!」

 誰だ?!

 いや、僕はこの声を知っている。

 霞む視界の中見えたのは、無数の剣に串刺しにされたレッサーデーモンの最期と、黒髪の少女だった。

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