She
とあるカフェ店員
She buzzGさんの楽曲より。
僕が生まれた街は、田舎というには広く、だが都市と言うには狭い。明るいという言葉とは無縁な貧しい街だった。
ただ、そばに海があるだけの海辺の街。そんな街で僕は物心ついた時から一人、生きていた
この街には、子供が沢山いた。ベッドタウンと世間では言うんだろうけど、ずっとこの街で生きてきた僕には無縁の言葉だ。
僕は、適当に楽器が弾けた。
その楽器の演奏や物語を防波堤の上で子供たちに聴かせて、お金をもらって生活していた
ただ、それをひたすら繰り返す日々。別に、この毎日に退屈しているわけでもなかった
いつもどおりのはずのある日のことだった
いつもの時間。僕は防波堤のいつもの場所に向かった
と、そこには見たことのない少女がいた
年齢は同じ年くらいだろうか
左目、腕、太ももに包帯を巻いている
セミロングの髪に黒いワンピース
明るいという言葉とは全く無縁のように思えた。
彼女に動く気配は微塵も感じられなかった
じっとこちらを睨んだまま、動かない。
仕方なく僕はいつもの場所と少し場所をずらして演奏をすることにした
演奏が終わって子供たちが箱の中に小銭を入れてくれる。
ぱたぱたと遊び場所を求めて子供たちが帰っていく。
ふと横を見ると彼女はまだそこにいてこちらを睨んでいた
と、僕は彼女が声を出さずに口を動かして何かを伝えようとしているのに気がついた
よくよく口元を見てみると
「ヘ」「タ」「ク」「ソ」
僕はムッとした
初対面の人になぜそんなことを言われないといけないのか、わけがわからない
僕は早々に家に帰ってしまおうと、彼女に背を向け楽器をケースに直そうとした
突然、後ろから声が聞こえてきた
いや、それは「歌声」だった
ひどくしゃがれたガラガラの声だった。
でも僕は、彼女の歌っている姿に心を奪われていた
気がつくと彼女はすぐそばに来ていた
僕の楽器を指差している。
弾けってことか?僕はさっきヘタクソと言われた人のためにこの楽器を弾かないといけないのか?
僕は一瞬そう思ったが、彼女は笑顔で歌っている
僕も負けじと、楽器の鍵盤を押した
彼女が歌う 僕が弾く
彼女の歌っているところを見ていると、なぜか僕は自分が笑っていることに気がついた。
この子は、歌が好きなんだな。僕はそう感じた
それが、「彼女」との出会いだった
その日から僕と彼女は毎日会うようになった。
たくさんのことを話した。とはいっても、彼女は自分からはあまり話さない。
その中で僕が知ったのは「声は流行りの病で無くした」ことと「声をなくしてから絵を描くようになった」ことだけだった
そして、その彼女の描く「絵」は決して明るいものではなかった
燃えている家
死んだ家族
二人暮らしの嫌いな父親
まるで、言葉よりも深く 訴えかけているような、そんな絵だった。
ひとつも綺麗な世界を知らない
そんな少女の絵は少し、見るにも重かった。
僕は「もっと広大な世界を見たいとは思わないの?」と問いかけたが彼女は「広大」の意味もわからないらしい。
「広く、大きなこと」だと教えてあげたが、わかったような分かっていないようなそんな顔だった。
彼女と毎日会う日々
それが日常になっていた
そんな、ある日のことだった
いつもの場所に行った僕は彼女に会った
しかし、いつもと違うのは彼女の両目に包帯が巻かれていた
僕の気配を察したのか、こっちに手を振る彼女。
立ち上がろうとするも、うまく歩けないようで僕は慌てて駆け寄った。
包帯も父親に巻かれただけらしい。僕は慌てて近くの病院に彼女を連れて歩いた
お医者さんの話によると、もともと怪我をしていた左眼はもうほとんど見えないらしかった。
新しく怪我した方の眼は、治療をすればなんとかなるとのことだった。
「どうする?」お医者さんの問いに僕は少し戸惑った。
けれど、気がつけば「お願いします」と返していた。
治療費は決して安いものではなかった。
僕は自分の持っているお金を、全て彼女の治療に使った。
しばらく外せない包帯を両目に巻いた彼女に僕は「もうこれでスッカラカンだ」と伝えた。
彼女はどうやらわかってないらしい
「もうゲシュクサキにも居られないし、ガッコウにも通えない。君と同じ。」そう彼女に伝えると彼女は少しポカンとし、理解できたような表情を見せたあと、僕のことをガラガラ声で怒鳴りつけた。
少し落ち着くと彼女は包帯の隙間から雫を地面に落としながら「どうして」と言った。
僕は理由は言わずに彼女に「君のパパに見つかる前にこの街を出ないとね」とだけ伝えた。
月日は流れた
彼女と僕の旅も困難の末、ようやく板についてきた頃だった。
僕は彼女に「着いたよ」とだけ声をかける
彼女は少し慌てた素振りを見せた
そりゃそうだろう。目的地も言わずに、ずっとここまで来たんだから。
僕は彼女に「少しだけ、眩しいかもしれないな」とだけ耳元で話すと彼女の目にかかった包帯を解いた。
僕たちの居た街は、ずっと曇り空だったから。
彼女に見せたかった。眩しいこの世界を。
たくさん立ち並ぶ光輝くビル郡
それに負けじとばかりに輝く満天の星空
その光を映した彼女の目には大きな涙がこぼれていた。
彼女は、街を思う存分眺めたあと涙でくしゃくしゃになった顔で僕に「ありがとう」と言った。
そんな顔もまた、綺麗だった。
彼女はよく僕に「なんで私のためにここまでしてくれるの?」と聞いてきた
どうしてって?
僕もこれが
君の笑顔が見たかったから
―――She―――
ボカロPのbuzzGさんの楽曲「She」からインスパイアされてこれを書いたのは今からもう七年も前の事です。曲とPVを見て貰ったら大体のストーリーがわかりやすくなると思います。是非、御本家様の動画と一緒によろしくお願いします。
She とあるカフェ店員 @S_coffee_music
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