第12話 タケの目的

 パンジーさんの向こう側、煙の中から現れたのはタケさんだった。先ほどマツ先生とプールサイドに来た時のように、キンモクセイさんを伴っている。彼女はどこかぐったりはしているものの、一人で自立していた。しかしその琥珀色の瞳は何もうつしていないように感じられる。


「『ここ無人の学園』を作ったのは俺なんだ。『亜空間』と言えば俺の得意分野十八番なのさ。君たちも最初の試験で体験しただろう? 『時を止めたグラウンド』はベゴニアで、『無限の教室』とあの『宇宙みたいな空間』はコロニーJに元からあるもんだけどね」


 そう後ろから言われて、パンジーさんが悔しそうに振り返る。


「あの二つは、宇宙みたいにだだっ広い代わりに、時間があまり流れていないんだ。君たちも過去の君たちに逢っただろう。だからさ……」


 パンジーはベゴニアをゆっくりと横たえると、すらりと立ち上がる。少し距離のあるあたしたちに、彼女を止めることはできなかった。


「君も、あすこに飛び込めばさぁ、またベゴニアには逢えるんじゃないかな? 知ってる? 能力者の魂ってのは、亜空間を彷徨い続けるって言われてるんだぜ」


『Without haste, but without急がずに、だが休ま ……』


「おっと」


 タケさんの後ろに控えていた、石油みたいな化け物が破裂した。それは黒く真っ直ぐに、まるで槍みたいにパンジーの胸を射抜いた。


「!」


「良かったなぁ」

「ぅあ……」

「これで、またベゴニアに逢えるねぇ」


 パンジーの身体は光の屑になって、黒い塊に吸収されたみたいに掻き消えた。あたしは叫びそこなって、ただ倒れているジャスミンさんに縋りつくしかできない。キキョウさんがあたしと彼女を守るように移動する。下唇が戦慄わなないていた。


「……本当は、知っていたんですね。エネルギーを何に使うのかも、少女たちがどこへ消えていたのかも」

「そりゃ、俺は警察を裏切ってマツに協力していたからね。君たちみたいにエネルギーの塊みたいなのを全国から探したりしてね」

「塊……」

「ボタン、お前の存在をコロニーMの警察から聞いた時は嬉しくて震えたよ。お前の能力は俺たちの間で『ビッグバン』と呼ばれるものだ。感情と比例して爆発的にエネルギーが放出されて、しかもそれが。将来的にお前一人さえいれば、は果たせると思った」

「その、目的は何なんですか?」


 キキョウさんが毅然きぜんとしてタケさんに尋ねる。きっと彼女は彼のことを信頼していたに違いない。泣き叫びもせず、ふつふつと怒りをたたえた声だった。私もじんわりと目の奥が痛んだ。そんな風に、道具の一端みたいに選ばれたのは結構ショックだった。


「彼女をここ地球に留めるためさ、マツとこの娘はまるで双子みたいに育ったんだ。彼女と一緒にいるために、地球に還元するエネルギーをマツが集めてた……。でもその惑星エコトリアが寿命を迎えて滅びるならほろびるで、仕方がないと俺は思うけどね」


 ……と言うことはキンモクセイさんがやっぱり……。


「『エコトリア』の、少女なんですね?」

「そうだ」


「ぅ……」


 キキョウさんとタケさんが会話していると、あたしの背後でジャスミンさんが呻く。ゆっくりと起き上がったので、あたしはその背を支えた。薄目を開けると、小さく声を出した。低い声が、がらがらとよりしゃがれて聞こえる。


「キンモクセイ?」


 ジャスミンさんが名前を呼ぶと、まるで操り人形のようにフラフラとその場に立っていたキンモクセイさんが一瞬ぴくりと肩を上げたあと、ぐるりとこちらに顔を向けた。タケさんが、キンモクセイさんの変化に気づいて舌打ちする。


「ぁ」


 みるみると、彼女のハイライトのない瞳に光が灯ってゆく。そしてジャスミンさんの姿をそこに捕らえると、あたしたちの方へ一歩踏み出した。ジャスミンさんもそれに呼応するように、フラフラの脚で立ち上がる、キンモクセイさんに向かって手を伸ばした。驚いたように、キンモクセイさんの行手を阻んだのはタケさんだった。


「おっと……キンモクセイ?」

「……ごめんねタケ、思い出した」


 キンモクセイさんが一瞬だけ彼に振り返って、そう告げた。手早く左手薬指から指輪を外して、その場に静かに落とす。叩きつけたりしなかったのが、彼女の優しさに感じられた。そして伸びて来るまだ指輪をしているその手を、緩やかに振り払おうとする。


「……キンモクセイ!」


 タケさんが、どこか悲痛な声をあげる。


「だから、帰らなくっちゃ」

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