第5話 圧倒的にダメ
「あーちゃん……」
あーちゃんはまるで這いつくばるようにその場に踞って泣いていた。キキョウさんもその震える背に手を添えながら、「さっきのって」と遠慮がちに聞く。あーちゃんは、自分の右手のひらを擦りながら首を緩く横に振った。
「わ、たしじゃなぃ!」
「うん」
「守って……くれたのかな?!」
「うん」
「私たちのこと、ま……」
「守ってくれたよ~」
キキョウさんの相槌と、モクレンさんの断言に、耐えきれずあーちゃんは嗚咽して涙を零した。宝もののように自分の右腕を抱きしめる。キキョウさんは何も言わずにそれを見つめて、あたしはそこにナツメがいるような錯覚を覚えた。
すると……。
視界の端で、オリーブブラウンの、髪が揺れた。
「え?」
あたしたちが立っている、空間の下の方で。星が降り
そのあとをあーちゃんとキキョウさんとモクレンさんが追って行った。あたしはいない。それで、これは少し『前の時間軸』の彼女たちなのだと気づいた。だってまだ、生きている。
きっと、この宇宙のような亜空間の中では、時間軸がごちゃまぜなのだろう。前ここを通った彼女たちと、鉢合わせになったのだ。あーちゃんもそれに気づいて、目を見開いて立ち上がった。
その緑色の瞳が、先ほどまでと違って『決意』に満ち溢れている……! あたしには
「あーちゃん……!」
「ボタン!」
呼べば、名前を呼んでくれる。振り返ってくれる。差し出したあたしの指先を、あーちゃんは上から手を掛けるように握り込んだ。いつも、この人は燃えるみたいに体温が高いのだ。
「……ごめんね!」
そう言って眉を下げて微笑んで……。手のひらを離したと同時に、両腕を上げる。すると、まるであーちゃんの立っているところのみ床が抜けたように、下の空間へと彼女の体は沈んで行った。
今行ったらダメだ、例えそのナツメにたどり着いたとて。
「そっちの時間軸で、あーちゃんが二人になっちゃう……!」
「ボタン!」
キキョウさんが、あーちゃんを追おうとするあたしの腰に手を回す。モクレンさんもあたしの腕に縋ってそれを止めた。『死』を、なかったことにできるのなら、あたしだって行きたい。ぐずぐず泣いてる自分を、ぶっ飛ばしに行きたい。
二人があたしを止めたのは、あーちゃんの背後を追うように空間が歪んだからだ。それに巻き込まれたら、あたしもきっと違う時間軸に飛ばされてた。あーちゃんは真っ直ぐにナツメが消えた光の
「あーちゃん!!」
ひょろ長い身体が、消えかかる白い光の輪に消えてゆく。間に合った……でも。
あーちゃん、ナツメ。もう、逢えない。
「うぅ、あ……!」
そう思ったら泣き叫ぶみたいにして声が出た。キキョウさんとモクレンさんは、あーちゃんにしていたのと同じように、あたしが泣き止むまで背中をさすり続けてくれた。
あーちゃんは、もしかしたら先ほどのナツメたちには追いつけないかも知れない。彼女が潜った
「あ、あぁ。あたしのせいだ」
「ボタン……」
「あたしが、勘違いしてみんなから離れたりしたから」
あたしの背中を擦りながら、二人も静かに泣いている気配がする。あたしたちは突然仲間も目的も失って、その空間に佇むしかなかった。どこかで絶え間なく水の気配がする。それが、三人だけになった宇宙空間にひたひたと響いていた。
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