第13話 消えた能力

「……ユリ」


 私が出した震える声は、高速列車の発車音に掻き消された。無人の列車のシステムは、ユリの異常に全く気づいていない(そのまま発車した)。ユリの隣に座っていたナデシコは、穏やかな表情のまま、列車の振動に揺られて、やがて見えなくなった。


「やめて、止めなきゃ!」


 あの傷は、あのキズはいつか夢で見た亜空間で倒れていた少女と同じ『穴』だった。内側が焼け焦げて、血が、沢山出ていた。そうだ、あれが彼女コスモスだ。動きをユリが止めて、仮面の少女二人が貫き殺したのだ。


「……コスモス」


 狼狽した私の身体が、後方に倒れかけるのを抱きとめた人物がいた。それは、このコロニーに来てから唯一頼って来た『大人』だ。


「おっと、大丈夫だ。彼女たちは次の駅で回収するから」


 私の耳元で囁いたのはタケさんだった。いつもと違う、スーツの上に白衣ではなく、グレーの服に、黒い上着を羽織っていて別人に思えた。


 彼の背後から黒尽くめの男たちがバタバタと駅の中を散って行く。意外に大きい手が、前私の鼻血を止めてくれたように、火傷した太腿に添えられた(光の矢はもう消えてしまっている)。


「……尾けて来たの?」

「まぁな。実はお前ら全員に能力的にアンテナが張られてる。こんな風にこそこそ隠密行動ができないのなんて当たり前なんだぜ」

「タケさん……ゆり、ユリが死んだ!」


 私は我に返って顔を覆った。タケさんは後ろから私を抱きしめる腕の力を強めた。脚はいつの間にか痛みが引いている。タケさんが治してくれたのだ。


「ユリの聞き出せなかったことが、お前の前なら引き出せると思って泳がせたんだ。今のところ、どこから攻撃を受けたのか分かってない」

「そ、んな!」

「証拠隠滅しに来るとは思っていたんだ、力が及ばず、すまない。あと、お前は早く寮に帰った方が良い」

「な、何で、ですか?!」

「ボタンがいなくなった」

「どういうことですか?!」


 腕の中で身を捻るようにタケさんを見上げると、彼はこちらを見てはいなかった。それで彼が言っていることが馬鹿みたいに真実だと分かった。


「はやく学園の方に戻るんだ、俺もあとで行くから」

「嘘!」


 それしか言葉にできなかった。彼を突き飛ばすと、タケさんの腕から私は逃れるようにエスカレーターに走った。タケさんは追っては来なかった。ただ視線だけがいつまでもいつまでもへばりついている。


 項垂れるようにして私はたった一人で地上を目指した。



* * *



「あーちゃん」


 エスカレーターの上、すぐに現れたのはナツメだった。


「ナツメ……!」

「心配したんだよ、ここ着いてからずっとテレパシー送ってたんだけど気づかなかった?」

「気づかなかった……!」


 ……おかしい。もしかしたらタケさんたちが結界のようなものを張っているのだろうか。無事にユリたちを逃がせるように、あれだけの人員を割いているのだから。


「というかナツメ、どうしてここに?!」


「モクレンさんに行き方教えてもらったの、力の強い人は凄いね。まるで頭の中でナビするように映像が流れたよ」


 やっぱり、モクレンさんには何もかも分かっていた。黙った私に、ナツメは手のひらをそえかけて、すぐに離した。


「?」

「ナツメ?!」

「……ちょっと、意地悪しないでよ」


 ナツメは真顔になった。私は何がなにやら分からない。


「あーちゃんが何を考えてるか、何にも見えない。私がまだ不慣れなせいかな? 地下で、ホームで何があったの」

「ナツメ、何も感じないの?!」


 私はナツメに言葉を、先ほど起きた出来事をテレパシーで送ってみた。普段五人の中で、誰よりもテレパスが通じやすい相手だというのに……。


「!」


 ナツメは痛そうな表情をしながらも、私の両肩を再び捕らえ直した。


「あ……私が変なのかも、心配しないで。調子悪いのかも」


 ナツメは俯くけど、能力が今使えていないのはきっと私の方だ。ナツメが発していたであろう気配も、先ほど全く気づけなかったじゃないか。


「さっきタケさん言ってた。ボタン、どうかした?!」

「タケさん来てるの? そうそうボタン、いなくなっちゃったんだよ」

「本当なんだ!」

「起こしに行ったら部屋がもぬけの殻で、学園の方にもいないみたいなんだ」


 タケさんと同じことを言うナツメを、私は呆けたように見下ろした。


「他の二人は?!」

「ボタンの気配を探してまだ寮にいる、どうやら学園の敷地内にはいるみたいなんだけど」


 私は、ナツメの肩を抱いて、地下鉄から背を向けさせた。あんな惨劇があったことを、彼女に知られたくなかった。何でそういう風に思うのか、自分でもよく分からなかったが、一時的に能力が使えなくなっていて良かったとすら思えてる。


 ナツメは何か言いた気に後ろをかえり見たが、私が先へと進むので、途中から諦めたように前を向いた。バスを乗り継いで、寮に向かって戻る。運が悪いことに通勤通学のラッシュに巻き込まれた。


 人混みの中で私はナツメとはぐれないように自分から手を繋いだ。ナツメの指先は、陶器のように冷たくて。それで何だかユリが死んだ時のことを思い出して、ふらつきそうになる。恐らくナツメは気づいていない、人が多いことを今はありがたく思う。


 勤め人に逆流するように学園に到着すると、私たちをキキョウさんとモクレンさんが待っていた。渡り廊下の中程で、所在なく立ち尽くしている。

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