第8話 警察の犬
「……!」
キキョウさんの心の声が聞こえたのは私だけだったようで、他の子は彼女を見なかった、きっと感じ取れなかったのだ。タケさんは昔『コロニーS』にいて、そこに一緒にいた不思議な少女というのがキキョウさんときっと面識があった。
そしてタケさんもまた、少女に何かしら執着があるということ。それらを把握して私は再び彼に目線を移した。
「彼女が不思議だったのは、俺たちと違って『成長』しなかったことだ。一緒にいる間、髪は伸びなかった。身長も伸びなかった。そうしてある日突然、姿を消した」
タケさんは胸の辺りの白衣を、白い布をぎゅぅっと握って無理矢理思い出すように言葉を続けた。
「……その日は、コロニーGからの物資のコンテナが届いた日だった。中身は降ろされて、コンテナが運び出されると彼女はもういなくなってしまったんだ」
室内なのに温度が急激に下がった気がした。冷たい風は、キキョウさんから渦巻いている。タケさんはそれをわずかに横目で見たが、そのまま言葉を続けた。
「彼女がいなくなったことは、すぐには気づかれなかった。いつも鉄壁の囲いを不思議とくぐっていなくなるのが常だったから。コンテナの存在に気づいてからでも創設者は慌てなかった。コロニー同士の出入りには厳重にスキャンゲートを通すことになっている、無論その時もコンテナはそこを通過したわけ」
「ではそこで……」
「しかし確保はされなかった。そのまま俺たちは大人になって、『コロニーS』を『脱出』した」
『脱出』とはまた、険気な言様だ。
「『コロニーS』は、あなたには良くない場所でしたか?」
キキョウさんが、それはもう苦々しく尋ねた。彼女はさっきからタケさんに対して敵意を剥き出しだった。
「ああ最低だったね、日本で二番めのユートピアだという評判は『まやかし』だと思う」
「そこで暮らしていた私の前で、良くそんなことが言えますね」
「キキョウ……お前は真実を知らない。『コロニーS』ってのはな、世界樹を守るため、強いては『コロニーJ』、日本、地球を保つための牢獄みたいなもんだ……まぁ、その話は良い」
タケさんが白衣を翻す。
「今日お前たちを呼んだのは他でもない、昨日夕方。俺が学園を出てからエネルギーの凝縮反応が確認された、四年の教室でだ」
なるほど、それで呼び出しがあったわけだ。
「……四年生の教室内で亜空間が作り出されました。そこで仮面の少女に再び遭遇しました、……人数は三人でした」
そう早口で答えたのはモクレンさんだった。取り乱したキキョウさんの代わりのように思えた。三人であったこと、その内の一人がモクレンさんの幼なじみで行方不明のコスモスさんという少女かもしれないことは、モクレンさんにとってもショッキングであったはずなのに。
「作り出されたんじゃない、開通したんだ」
「え?」
「ふうん三人ね……実は前々から『仮面の少女』の人数は過去に潜入させた少女たちによって報告が定まってなかったからな」
「その内の一人が私の同郷の少女ではないかと……」
驚いた。その内容にモクレンさんは激しく嫌悪感と否定を露にしたというのに。自らその可能性を口にしたのだ。思わず動揺したのは私の気配の方で、少し離れたところにいるナツメが心配そうにこちらを横目で見た。
その瞳がまるで、遠い日の弟のように思える。だからか。だから彼女のことを意識したり、心の中で呼んでしまったり……。モクレンさんがその『コスモス』という少女に思い入れがあるように、自分はナツメに大分気持ちが傾いているのかも知れない。
いや、執着心か……。小柄な背丈や髪色などで、亡くなった弟を連想するのだろう。あとは彼女が『コロニーN』で何か背負っている気配がするのも理由の一つかも知れないが、こういう感覚は初めてのことで、私自身正直戸惑っている。
「ふうん。そういえばここに来る時に、そんなこと言っていたねぇ」
「そうです。ここへ来ればいつかはコスモスに逢えると、行方不明の真相が分かるかと思って……あなたにもそう言ったはずです、覚えていらっしゃいますか?」
タケさんは不敵に笑んだ。
「あー、君にはそれを餌にしたんだっけ?」
「どうしちゃったんですかぁ? タケさん」
あまりに自分たちに対して険気な態度に、ボタンが思わず非難するように尋ねた。
「忘れないでもらいたいな、取引をしたのは他でもない君たちだぜ。約束をハッキリさせておこうと思ってね、君も。キキョウもナツメも、家族の保障があることを忘れないように」
そう、そしてタケさんは引き合いには出さなかったが、モクレンさんの育った施設、そうして私が生まれた『コロニーA』にも支援を送ってくれていた。忘れていたわけじゃあないが、自分たちは大切な場所、人を守るためにこの男の『犬』になったのだ。
「さて、前置きが長引いたけど続きを話してもらおうか。同席していた一般の生徒はいたの?」
「はい、私の学年のパンジーが一緒にいました。優秀な生徒ですので、彼女の潜在能力を狙われた可能性も否めません」
そうしてやはり顔色一つ変えず答えるのはモクレンさんだった。ボタンもキキョウさんもナツメも、家族のことを引き合いに出されて、青ざめて黙っていた。
「そうか、そーれが聞きたかった。じゃあモクレンはパンジーの動向を見守ってくれ、良い餌になるかも知れない。あとの四人は今日から少し特別な任務を頼みたい」
「と、言いますと?!」
誰も何も声を出さなかったので、私が聞いた。
「お前たちには『エコトリアの少女』の探索を願う。俺の睨みでは、学生の中にもう紛れてると思うんだよ」
「……了解しました」
キキョウさんが硬く返事をしてから一人、踵を返した。誰も何も声をかけることができなくて、翻る黒髪を目で追うだけ。私も我にかえったようにキキョウさんのあとに続いた。
「失礼します!」
「ます」
二文字だけ真似をして叫んで、跳ねるようにボタンも続く。ナツメが呆れたようにゆっくりと続いて、モクレンさんが怖い雰囲気のままで最後に深くお辞儀をしている気配がする。タケさんは軽く人が良さそうに笑んで、ひらりと芝居染みた感じで会釈したであろう。
扉はその風景を遮断するように閉じられた。
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