第8話 ジャパン学園女子部球技大会


「おっはよーう!」


 寝不足でフラフラになりながらリビングに行くと、どっかの体育教師のようなテンションであーちゃんが料理を作っていた。朝から揚げ物を元気一杯揚げている、これは絶対『闘いに勝つ』の意味合いで『トンカツ』な気がする、絶対そう。


「今日ボタンのねーさんとかーさんも学校に来るんだって」


 テーブル一杯に広げられた重箱弁当をつまもうとしていた私は、驚いておにぎりを握るあーちゃんの背中を見つめた。


「マジ~?」

「うん……キキョウさんとこも家族来るみたいだよ」


 はあー、とため息を漏らしながらあーちゃんは新しくご飯を手に取った。


「そっか、家族も観戦自由だもんね」

「うん、そうだね!」


とあーちゃんも肩をすくめる。……寂しい……のかな……? あーちゃんも私と一緒で天涯孤独の身だということは、何かの拍子でぽろりと聞いた。でも、あなた平気でしょ? こういうの。ポーズなのかな……。


「あーちゃんの試合は、私とモクレンさんとで全部応援しますよ?」


 いつのまにか、私の横でから揚げをつまみながらナツメがサラッっと宣言した。何たる男前。彼女はすっかりあーちゃんに御執心のようだ。


「……!」


 あーちゃんは驚いて振り返って、やがてにこりと笑った。それは、心から嬉しそうに見えたものだから私は「おやおや」と少し驚いてしまう。はいはい、私もできるだけ見に行きますよ。ところで……。


「ナツメは家族来るの~?」


 こそっと耳打ちする。


ひょない来ない


とナツメは口一杯に唐揚げをほおばったまま答えた。私はちょっと苦笑してそれ以上は突っ込まなかった。それぞれ事情が色々あるのだ。




* * *




『ジャパン学園女子部球技大会』


 『コロニーJ』の設定季節が秋に切り替わるころ行われる。その日は、普段関係者以外立ち入り禁止の校内に、誰でも観戦に入ることができることでも有名である。ゆえに、同じ『ジャパン学園』の男子部は勿論、近隣男子高の生徒だとか、生徒たちの親族で校舎内は賑わう。


 しかし生徒たちを見に来るのはそういった者たちだけではない。大手企業や国の機関などが有能な人材を求めてスカウト目的にやってくると聞く。私のような、身よりのない生徒なんかは、里親が値踏みにくると言うのだから胸糞悪い。



* * *



「何だこりゃ」


 用意をして渡り廊下に出ると、硝子越しに人の海が見える。注目すべき点はそれらのほとんどが男の子であるという点だ。wow wow yeah yeah! 騒ぐ熱気がこっちまで伝わってきて、嫌な汗が私の頬を流れ落ちた。


 ガラス越しに感じる視線がとにかく痛い。私は柄にもなくダラダラと汗を流しながら、「私、動物園のパンダの気持ちが分かる気がする~」と目線を外に合わせずにナツメに話しかけた。


「私も」


とナツメは地を這うように低い声でぼんやりと同意を告げてくれる。瞬間、学校側の入り口付近からさざ波のように歓声が広がった。


 私たちが目を向けると、それはもうお姫様スマイルで、外に手を振りながらパンジーがこちらにやって来るところだった。私の心当たりのある泣きぼくろの人物、一人目のご登場だ。


 パンジーは左目の下に泣きぼくろが綺麗に二つ並んでいる。後ろには黒い巻き毛でスタイルの良い、小麦色の肌のつなぎを着た少女がついて来ている。


「やあ、おはよう。驚いた? 何かアイドルのスポーツ大会みたいだよね。まあそれに相違はないけど」


と言ってパンジーはクスクス笑った。つなぎの少女もどこか慣れた手つきで、外に目線を投げている。それから急にパンジーに向き直って口を開いた。


「パンジー。じゃあ私行くから、マツ先生のところ」

「うん、あとでね瓔珞草ベゴニア。私も終わったら顔を出す」


 短く言葉を交わし、軽く手を挙げ少女は寮の方に歩いて行った。


「ねぇねぇ、今の子だあれ?」


 すれ違うように渡り廊下を走って来たボタンが、私にこそっと耳打ちする。


「私のルームメイトだよ、寮で何か大会の用があるみたいで、見送りに来たの」


 にっこりと、それを聞きつけてパンジーが答えた。ボタンは『聞こえちゃった』と決まり悪そうにワタワタしている。


「学園の雑用とか色々やっているの、生徒ではないよ『用務員』ってとこかな。特に球技大会ではマツ先生にこき使われている感じなの」


 パンジーはそこでフッと去り行く彼女のルームメイトを一蔑して、「本当に色々大変そう」と呟いた。


「どんな風に?」


 ナツメが怪訝そうに聞き返す。


「……いや、行きましょう、用意に遅れるもの」


と言って四年の教室へ向かって、パンジーはスタスタと歩き出した。


「ってか見ました? モクレンさん」

「……見たみた~」


 用務員のベゴニアという少女の左目の下にも。泣きぼくろと言ったら下過ぎるかもしれないけど……。


「あったね」

「怪しいかも……あ」


 そこでパンジーの姿がすっかり見えなくなったことに気づいた私は、ボタンとナツメに軽く手を振ると足早に彼女を追いかけた。

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