第7話 甦る面影

「それで」


 キキョウさんは腕を組んで、半目で項垂れる美少女を見据えた。


を思い出したって?」


 問われてボタンは居心地悪そうに身をすくめる。夜中にボタンが血相を変えて私とキキョウさんの部屋に飛び込んできたのだ。いや、正しくは扉を開けた瞬間に仰向けに寝ているキキョウさんの腹の上にダイブした(わざとだ、絶対ワザとだ)。


「ぐえ!」


と言うキキョウさんの呻き声を聞いて薄目を開けると、騒ぎを聞きつけて急いで部屋に飛び込んできたあーちゃんとナツメが見えた。……で今の状態に至る。


「夜中に騒いだのは悪かったけどさ、あたしぃ。大変なこと思い出しちゃったんだもん」


 ひたりっと見据えるキキョウさんとナツメの視線に耐えかねてボタンはボソボソといいわけをする。あーちゃんはボサボサ頭(爆発中)のナツメの肩に寄り添って、まだ半分眠ったままでいた。


「だからぁ、とっとと理由ワケを言えって……!」


 寝起きの悪いナツメが、イライラした声を出す。


「うん、あのね。二回もあたしらを襲ってきた二人組……いたでしょ?」

「いたいた」

「いたも何も……」

「いたよね〜、それで?」


 みんな一様に頷く。白い仮面の二人組のことだ。前回戦った時、その二人はなんとジャパン学園の冬服を着ていた。潜り込むために着用したものかどうかは分からないが、ユリの例のように、学園に通っている生徒の中にあの二人がいるのではないかと勘ぐってしまう。


「あたしぃ、見たの忘れてた……顔。片方だけだけど」

「「「「なっにぃー? !」」」」 

「はやく言えよ! そういうことはよ!」


「だから今まで忘れてたんだって! あの時ナツメは切れてるし、あーちゃんは寝てるし、みんなそれどころじゃなかったじゃん……だから言うの忘れちゃってたの」

「で、誰だったの? 知ってる人だった~?」


 若干の動悸の乱れを感じながら私は問い掛けた。ボタンは大きな瞳で私を見つめ、「それがね」と、一息ついてから、手を口元に添えるもんだから。私たちはゴクリと生唾を飲み込んで静まった。すると、「分からなかったの」とケロリと答えやがった。もんだからみんなゴルァ……! となった。


「じゃあボタンの知らない奴ってことは、第一学年以外の学年の可能性が高いかもね」


 キキョウさんは顎を手で抑えて、私に同意を求めるように言う。ボタンは首を振る。


「ううん、違うの、目の部分しか見えなかったから……だから一年生でも誰だか分からない」

「お前ね、それじゃ見たうちには入りませんよ?」

「だって見たもん、二重でね、泣きぼくろがある子」


 二重と聞いて、今まで眠っていたかに見えたあーちゃんがボソッと呟く。


「じゃあマツ先生は違うね」


 瞬間ドッと笑い声がリビングに上がった。体育教師のマツ先生は見るからに奥二重で厚ぼったい瞳をしている。……そう言えばキンモクセイさんとマツ先生の親しさについて、皆に話すべきだろうか?


 『不公平なのは主義じゃない』と言っていた先生の言葉が気になる。でもそれは、『球拾い』の罰を、一年生で転校生で、コロニー設定が秋に近づき寒いからと言って、免除しない……と言っているようにも思える。


 私が少し思案していると、ナツメが笑いながらこう言った。


「! はは、あーちゃんは知らないかも知んないけど。あの人『二重!』っていう一発芸もできるんだぜ?」


 ナツメとボタンは顔を見合わせて笑い転げた。体育の授業の時、瞳を強く擦ると、魔法のようにしまわれていたまぶたが出てきて二重になるのだそうだ。


「楽しそうだね、一・ニ年体育〜」

「三・四年ではまだ見せてない?!」

「残念、まだ〜」

「取りあえず、二重はともかく泣きぼくろは結構絞れるよな」


 キキョウさんは冷静にも、話を無理やり元に戻した。


「ボタン、その泣きぼくろ、どっち側で何個あったか覚えてる?」


 二つなら、絞れる上にクラスに二人心当たりがある……。


「右か左で、一個以上ぅ!」


 ボタンは笑顔でキッパリと断言した。つまり、右側か左側かもわからなければ、一個だか二個だか三個だか四個だか分からないってことだ。


「随分とお前アバウトね」

「みんな心当たりある〜?」

「ない」

「ない!」

「私もない」


 キキョウさんとあーちゃんとナツメが口々にそう言う。ボタンは口を『な』の形にしようとして次の瞬間、何かを思い出したように「あっ……」と声を漏らした。そして慌てて手で口を塞ぐ。


「……お前その行動、怪しすぎますよ?」

「違う、ちがうの。あたし、心当たりがあった気がしたけどやっぱ気のせいだった」


 なんじゃそりゃ。だから私はコホンと軽く咳払いをしてから、もったいぶって口を開いた。


「……私はクラスに二人くらい、いるよ~? 心当たり」


 マジで?! と四人がいっせいに私を見た。


「……あーでもクラスの娘の顔なんてまだ全員覚えていないし、ホクロが目元にある娘なんて、案外クラスに数人はいるんじゃないかな〜?」

「そうね。明日学校で取りあえずクラスメートの顔、チェックしよう」


 ナツメの言葉に頷いて、ようやくそれぞれの寝室に戻った。外はまだ暗闇なのでホッとする。夜明けまでもう少し眠れそうだ。何せ明日は……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る